監査役として異議を唱えるケース

 

1.監査役として異議を唱えるケース 

①関連当事者取引への疑問
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  • 仮設例①_関連当事者取引への疑問 


②業績予測の楽観主義への疑問 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  • 仮設例②_業績予測の楽観主義への疑問 


③重要な意思決定の進め方への疑問 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  • 仮設例③_重要な意思決定の進め方への疑問


④ハラスメント事案への対応
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

  • 仮設例④_ハラスメント事案への対応

 

⑤議事録の記載への疑問 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  • 仮設例⑤_議事録の記載へ疑問

①関連当事者取引への疑問

  • オーナー社長の個人資産との取引、親族が経営する会社への業務発注——IPO準備中に最も頻出する場面です。


  • 「この取引、第三者との条件と比べて妥当ですか」と一言聞くだけで、取締役会の空気が変わります。社長の顔色が曇る瞬間を、多くの監査役が経験しています。

仮設例_①関連当事者取引への疑問 

【仮設例:登場人物と会社の概要】

【会社】社員数90名・人材紹介・研修サービス業・東証グロース上場を目指すN-2期

【社長】創業者オーナー

会社を15年で育てた実力者。人柄は悪くないが「自分の判断は正しい」という強い自信を持つ


【常勤監査役(語り手)】元メガバンク出身

社長の紹介で就任して8ヶ月目


【主幹事証券】上場申請に向けて審査準備を進めている段階

【問題の発端——経費明細に見慣れない取引先名を発見する。

  • 就任して最初の監査計画を立て、経理部門への往査を実施していたある日のことです。月次の支払明細を閲覧していたところ、「株式会社〇〇コンサルティング」という取引先への業務委託費が毎月180万円、年間で2,160万円計上されていることに気づきました。


  • 「この会社、どんな業務をお願いしているんですか?」


経理担当者の顔が一瞬曇りました。

  • 「……経営コンサルティングの業務委託です。詳しくは社長に聞いていただいた方が」その反応が気になり、登記情報を調べたところ、「株式会社〇〇コンサルティング」の代表者は社長の実兄であることが分かりました。


【「これは関連当事者取引だ」と確信した瞬間】

調査を進めると、さらに以下の事実が出てきました。

  1. 契約書は存在していたが、業務の具体的な内容・成果物の定義が極めて曖昧
  2. 相見積りを取った記録が存在しない
  3. 稟議書には「代表取締役承認」の印鑑のみで、他の役員による確認はなかった
  4. 取引開始は会社設立から3年目(社長の兄の会社が設立されたタイミング)
  5. 主幹事証券が以前「関連当事者取引は上場審査で必ず問われる。早期に整理してください」と言っていた言葉が頭をよぎりました。


「これは取締役会で取り上げなければならない」


【言うべきか・飲み込むか——葛藤の3日間】

  • 取締役会での指摘を決意するまでに、3日間考え続けました。


【飲み込もうとした自分の理由】

  1. 自分を監査役に推薦してくれたのは社長だった。その社長の兄に関わる話を公の場で取り上げることへの心理的な抵抗感があった。
  2. 「契約書も存在しているし、実際に何らかのコンサルティングをしているのかもしれない」という自分への言い訳。
  3. N-2期のこの時期に問題を起こして、上場スケジュールが遅れることへの罪悪感。
  4. 「もしかしたら自分の認識が間違っているかもしれない」という自信のなさ。


【それでも言わなければならないと思った理由】

  1. 年間2,160万円という金額は会社の規模(売上8億円)から見て決して小さくない
  2. 相見積りがなく、第三者性を証明できない以上、審査で必ず問題になる
  3. 自分が黙っていてこれが後から発覚した場合、「知っていたのに何もしなかった」という善管注意義務違反が問われうる
  4. 監査調書に何も書かないということは、「この取引を確認して問題なしと判断した」ことになってしまう


3日目の朝、まず社長に個別に面談の場を求めることにしました。


【社長との個別面談——予想どおり、空気が固まった】

  1. 取締役会で公開の場で指摘する前に、社長に個別で伝えることにしました。これは「いきなり公の場で批判した」という印象を避けるためです。
  2. 「社長、株式会社〇〇コンサルティングへの業務委託について確認させていただきたいことがあります。代表者が社長のご兄弟であることを把握しましたが、この取引は関連当事者取引として開示・整理が必要ではないでしょうか」


社長の表情が変わりました。

社長

「兄は本当によい仕事をしてくれている。この会社が今あるのは兄のアドバイスのおかげでもある。それを問題扱いするのか」

監査役

「問題扱いするつもりはありません。
ただ、上場審査では第三者間取引と同等の条件であることを証明する必要があります。相見積りの記録もなく、業務内容も曖昧なままでは審査を通過できないと思います」


社長

「主幹事もそんなことは言っていない」


監査役

「主幹事にも確認してみます」


その日の面談はそこで終わりました。
社長の顔には、明らかに不快感が残っていました。

仮設例_①関連当事者取引への疑問_【主幹事証券に相談—状況が動いた】

【主幹事証券に相談——状況が動いた】

翌日、主幹事証券の担当者に電話で状況を伝えました。

  • 「実は、社長の実兄が代表を務める会社への業務委託が年間2,000万円以上あります。相見積りの記録もなく、業務内容も曖昧です。社長に申し上げたところ、理解を得られていない状況です」


電話口の担当者が少し沈黙した後、こう言いました。

  • 「それは審査で確実に指摘されます。私の方からも社長に説明します」


2日後、
主幹事の担当者が会社を訪問し、社長に直接説明を行いました。

  • 「関連当事者取引の整理は上場の必須条件です。業務内容の明確化と、第三者間取引と同等条件であることの証明が必要です。これができなければ申請自体が難しくなります」


社長は、主幹事から同じことを言われて初めて、現実として受け止めた様子でした。

【決着先】
その後、約2ヶ月かけて以下の対応が実施されました。

①業務委託契約の内容を整備した 

  • 契約書を改定し、業務内容・成果物・検収基準を明確に定義した。実際に提供されたコンサルティングの成果物(レポート・議事録等)を遡って整理した。


②第三者との比較資料を作成した 

  • 同種のコンサルティングサービスの市場相場を3社から取得し、委託単価が市場水準と大きく乖離していないことを確認した。


③取引の継続可否を取締役会で議論した

  •  関連当事者取引として取締役会に上程し、継続の合理性・条件の妥当性を審議した記録を残した。


④有価証券届出書への適切な開示 

  • 関連当事者取引として適正に開示する方針が決定された。


指摘してから4ヶ月後——社長との関係はどうなったか】

社長との関係は、正直なところ「完全に元通り」ではありません。面談の場の空気が、就任当初とは少し変わりました。
ただ、社長からこんな言葉がありました。

「あなたが言ってくれなければ、審査で指摘されていた。結果的には助かった」

社長自身も、
主幹事から同じことを言われて「なぜ監査役が気にしたのか」が後から分かったようです。

「監査役がいてくれて良かった」という言葉は、就任前に想像していたものとは全く異なる重みで届きました。

【3つの教訓】

①「社長に直接言う前に書面で記録する」 

  • 個別面談の前後に、確認した事実・自分の意見・社長の反応をすべてメモに残した。これが後から「監査役として適切に行動した」証拠になった。


②「主幹事証券を孤立した状況の突破口にする」

  •  二者間でこじれた問題は、主幹事という第三者を通じることで動き始めることがある。「告げ口」ではなく「正当な情報共有」として機能する。


③「飲み込んだ場合の自分へのリスクを具体的に想像する」 

  • 「黙っていてこれが後から発覚したとき、自分はどう説明するか」という問いを立てたことが、発言に踏み切る力になった。善管注意義務違反のリスクは、社長との関係悪化よりも実質的な脅威になりうる。

 

本事例は実務でよくあるパターンをもとにした仮設例です。特定の企業・個人を指すものではありません。

出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/) 

仮設例_①関連当事者取引への疑問 

【仮設例:登場人物と会社の概要】

【会社】社員数90名・人材紹介・研修サービス業・東証グロース上場を目指すN-2期

【社長】創業者オーナー

会社を15年で育てた実力者。人柄は悪くないが「自分の判断は正しい」という強い自信を持つ


【常勤監査役(語り手)】元メガバンク出身

社長の紹介で就任して8ヶ月目


【主幹事証券】上場申請に向けて審査準備を進めている段階

【問題の発端——経費明細に見慣れない取引先名を発見する。

  • 就任して最初の監査計画を立て、経理部門への往査を実施していたある日のことです。月次の支払明細を閲覧していたところ、「株式会社〇〇コンサルティング」という取引先への業務委託費が毎月180万円、年間で2,160万円計上されていることに気づきました。


  • 「この会社、どんな業務をお願いしているんですか?」


経理担当者の顔が一瞬曇りました。

  • 「……経営コンサルティングの業務委託です。詳しくは社長に聞いていただいた方が」その反応が気になり、登記情報を調べたところ、「株式会社〇〇コンサルティング」の代表者は社長の実兄であることが分かりました。


【「これは関連当事者取引だ」と確信した瞬間】

調査を進めると、さらに以下の事実が出てきました。

  1. 契約書は存在していたが、業務の具体的な内容・成果物の定義が極めて曖昧
  2. 相見積りを取った記録が存在しない
  3. 稟議書には「代表取締役承認」の印鑑のみで、他の役員による確認はなかった
  4. 取引開始は会社設立から3年目(社長の兄の会社が設立されたタイミング)
  5. 主幹事証券が以前「関連当事者取引は上場審査で必ず問われる。早期に整理してください」と言っていた言葉が頭をよぎりました。


「これは取締役会で取り上げなければならない」


【言うべきか・飲み込むか——葛藤の3日間】

  • 取締役会での指摘を決意するまでに、3日間考え続けました。


【飲み込もうとした自分の理由】

  1. 自分を監査役に推薦してくれたのは社長だった。その社長の兄に関わる話を公の場で取り上げることへの心理的な抵抗感があった。
  2. 「契約書も存在しているし、実際に何らかのコンサルティングをしているのかもしれない」という自分への言い訳。
  3. N-2期のこの時期に問題を起こして、上場スケジュールが遅れることへの罪悪感。
  4. 「もしかしたら自分の認識が間違っているかもしれない」という自信のなさ。


【それでも言わなければならないと思った理由】

  1. 年間2,160万円という金額は会社の規模(売上8億円)から見て決して小さくない
  2. 相見積りがなく、第三者性を証明できない以上、審査で必ず問題になる
  3. 自分が黙っていてこれが後から発覚した場合、「知っていたのに何もしなかった」という善管注意義務違反が問われうる
  4. 監査調書に何も書かないということは、「この取引を確認して問題なしと判断した」ことになってしまう


3日目の朝、まず社長に個別に面談の場を求めることにしました。


【社長との個別面談——予想どおり、空気が固まった】

  1. 取締役会で公開の場で指摘する前に、社長に個別で伝えることにしました。これは「いきなり公の場で批判した」という印象を避けるためです。
  2. 「社長、株式会社〇〇コンサルティングへの業務委託について確認させていただきたいことがあります。代表者が社長のご兄弟であることを把握しましたが、この取引は関連当事者取引として開示・整理が必要ではないでしょうか」


社長の表情が変わりました。

社長

「兄は本当によい仕事をしてくれている。この会社が今あるのは兄のアドバイスのおかげでもある。それを問題扱いするのか」

監査役

「問題扱いするつもりはありません。
ただ、上場審査では第三者間取引と同等の条件であることを証明する必要があります。相見積りの記録もなく、業務内容も曖昧なままでは審査を通過できないと思います」


社長

「主幹事もそんなことは言っていない」


監査役

「主幹事にも確認してみます」


その日の面談はそこで終わりました。
社長の顔には、明らかに不快感が残っていました。

【主幹事証券に相談——状況が動いた】

翌日、主幹事証券の担当者に電話で状況を伝えました。

  • 「実は、社長の実兄が代表を務める会社への業務委託が年間2,000万円以上あります。相見積りの記録もなく、業務内容も曖昧です。社長に申し上げたところ、理解を得られていない状況です」


電話口の担当者が少し沈黙した後、こう言いました。

  • 「それは審査で確実に指摘されます。私の方からも社長に説明します」


2日後、
主幹事の担当者が会社を訪問し、社長に直接説明を行いました。

  • 「関連当事者取引の整理は上場の必須条件です。業務内容の明確化と、第三者間取引と同等条件であることの証明が必要です。これができなければ申請自体が難しくなります」


社長は、主幹事から同じことを言われて初めて、現実として受け止めた様子でした。

【決着先】

その後、約2ヶ月かけて以下の対応が実施されました。

①業務委託契約の内容を整備した 

  • 契約書を改定し、業務内容・成果物・検収基準を明確に定義した。実際に提供されたコンサルティングの成果物(レポート・議事録等)を遡って整理した。


②第三者との比較資料を作成した
 

  • 同種のコンサルティングサービスの市場相場を3社から取得し、委託単価が市場水準と大きく乖離していないことを確認した。


③取引の継続可否を取締役会で議論した

  •  関連当事者取引として取締役会に上程し、継続の合理性・条件の妥当性を審議した記録を残した。


④有価証券届出書への適切な開示 

  • 関連当事者取引として適正に開示する方針が決定された。


指摘してから4ヶ月後——社長との関係はどうなったか】

社長との関係は、正直なところ「完全に元通り」ではありません。面談の場の空気が、就任当初とは少し変わりました。

ただ、社長からこんな言葉がありました。

「あなたが言ってくれなければ、審査で指摘されていた。結果的には助かった」

社長自身も、
主幹事から同じことを言われて「なぜ監査役が気にしたのか」が後から分かったようです。

「監査役がいてくれて良かった」という言葉は、就任前に想像していたものとは全く異なる重みで届きました。

【3つの教訓】

①「社長に直接言う前に書面で記録する」 

  • 個別面談の前後に、確認した事実・自分の意見・社長の反応をすべてメモに残した。これが後から「監査役として適切に行動した」証拠になった。


②「主幹事証券を孤立した状況の突破口にする」

  •  二者間でこじれた問題は、主幹事という第三者を通じることで動き始めることがある。
  • 「告げ口」ではなく「正当な情報共有」として機能する。


③「飲み込んだ場合の自分へのリスクを具体的に想像する」 

  • 「黙っていてこれが後から発覚したとき、自分はどう説明するか」という問いを立てたことが、発言に踏み切る力になった。善管注意義務違反のリスクは、社長との関係悪化よりも実質的な脅威になりうる。

 

本事例は実務でよくあるパターンをもとにした仮設例です。特定の企業・個人を指すものではありません。
出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/) 

②業績予測の楽観主義への疑問

  • 「この売上計画、少し強気すぎませんか」という問いかけ。主幹事証券や投資家への説明資料に絡む場面では、特に発言しにくい空気が生まれます。「営業の士気に関わる」という理由で言いにくい場面の典型例です。

仮設例_②業績予測の楽観主義への疑問

【仮設例:登場人物と会社の概要】

【会社】社員数110名・SaaS系スタートアップ・東証グロース上場を目指すN-1期

【社長】元大手IT企業出身の創業者

  • プレゼンが巧みで、投資家から高い評価を受けている。数字に対して強気な姿勢を持つ


【CFO】社長と共同創業者

  • 財務に明るいが、社長の意向に逆らう場面はほとんどない。


【常勤監査役(語り手)】元証券会社出身

  • IPO準備の実態を熟知している。就任から1年2ヶ月目


【主幹事証券】上場申請書類の作成が佳境に入っている段階

【問題の発端——事業計画書の数字に違和感を覚えた

  • N-1期の第2四半期が終わった頃、主幹事証券への提出に向けた事業計画書の最終版が取締役会に上程されました。


資料を事前に読んでいた私は、ある数字に引っかかりを覚えました。

  1. 翌期(N期・上場予定期)の売上成長率が前年比180%に設定されていたのです。
  2. 直近2期の実績成長率は、N-2期が132%、N-1期(上半期実績ベース)が121%でした。それに対して、上場予定期だけが突出して180%になっている。


「この数字、どのような根拠で設定されたのですか」

  • 取締役会の場でそう聞いた瞬間、場の空気が変わりました。


社長の反論——「監査役にビジネスの成長が分かるのか」
社長はすぐに答えました。

「N期は新機能のリリースが3本控えている。大型案件のパイプラインも積み上がっている。これまでとは市場環境が違う。180%は十分に達成可能だ」

CFOが補足しました。

「営業チームとも共有済みです。全員がこの目標に向かっています」

私はもう一度聞きました。

「パイプラインの金額と、過去の受注率から試算すると、どのような計算になりますか」

社長の表情が曇りました。
「細かい計算は営業部門に確認が必要だが……数字の積み上げより、マーケットのポテンシャルと自社の競争優位性で判断すべきだ」

「積み上げ根拠がない」——私の違和感は確信に変わりました。

「言うべきか・飲み込むか」——今回の葛藤の特殊性】

  • 関連当事者取引のときとは、葛藤の種類が違いました。


【飲み込もうとした理由】

  1. 事業計画の妥当性は「経営判断」の領域であり、監査役が口を挟む問題なのかという迷い
  2. 「180%達成できないとは限らない。自分の方が間違っているかもしれない」という不確実性
  3. 申請直前のこの時期に数字を変えると、主幹事証券との調整が一からやり直しになる
  4. 「営業の士気に関わる」という社長の言葉が頭に残り続けた


【それでも言わなければならないと思った理由】

  1. 上場後に業績予測を大きく下回った場合、投資家への説明責任の問題が生じる
  2. 主幹事審査でも取引所審査でも、業績計画の根拠の合理性は必ず問われる
  3. 積み上げ根拠のない楽観的な計画で上場し、その後業績が下振れすれば株価が急落し、会社の信頼が一気に失われる


監査役として「数字の合理性に疑問を持ちながら何も言わなかった」では、後から説明ができない

  • 翌日、私はCFOに個別で話を聞くことにしました。社長を飛び越えてではなく、「数字の根拠を確認したい」という形で。


CFOとの個別面談——本音が出た瞬間

CFOと二人になると、表情が変わりました。

  • 「実は、私も少し気になっているんです。社長はああ言っていますが、パイプラインの受注転換率が過去と同じなら、170%くらいが上限だと私は見ています」


「その試算を社長に伝えたことはありますか?」

  • 「……言いにくくて。社長が強気な数字を出すと、みんな合わせてしまう雰囲気があって」


CFOですら数字に懸念を持ちながら、社長の雰囲気に引きずられていたのです。

  • 「CFOとして、根拠のある数字を正式に試算してもらえませんか。私から社長に、その試算を取締役会に出してほしいと求めます」


CFOは少し考えた後、「分かりました」と答えました。

2回目の取締役会——数字が動いた

1週間後の臨時の取締役会で、CFOが積み上げ試算を提示しました。

  • パイプライン金額×過去3期平均の受注転換率×新機能効果の試算(保守的・中立・楽観の3シナリオ)という構成です。


結果は以下の通りでした。

  1. 保守シナリオ: 前年比148%
  2. 中立シナリオ: 前年比163%
  3. 楽観シナリオ: 前年比181%


社長はしばらく黙って資料を見ていました。

「……楽観シナリオの181%が達成できると、私は信じている。
しかしCFOがこういう数字を出してきた以上、計画値は中立シナリオの163%を採用する。投資家への説明もこの数字で行う」
180%から163%へ——17ポイントの修正でした。

仮設例_②業績予測の楽観主義への疑問_主幹事証券の反応

【主幹事証券の反応】

計画値の修正を主幹事証券に報告したところ、担当者からこう言われました。

  1. 「正直に言うと、180%という数字が最初から少し気になっていました。163%でも十分に高い成長率ですし、積み上げ根拠があるなら審査でも説明できます。むしろこちらの方が信頼性が高い」
  2. 主幹事の担当者は元々数字に違和感を持っていた。しかし「経営の自信を削ぎたくない」という遠慮から、自分からは言い出しにくかったのです。


【社長との関係——その後何が変わったか】

計画値の修正から1ヶ月後、社長から声をかけられました。

  • 「先月の件、最初は正直カチンときた。でも、CFOの試算を見て気づいたことがある。俺は自分の直感を数字より優先していたかもしれない。あなたが聞いてくれなければ、積み上げの試算を作らずに申請していた」


完全な和解ではありませんでした。
しかし社長の中で、
「監査役が数字に口を出すことの意味」が少し変わったようでした。


その後の取締役会では、事業計画の数字について「根拠の説明を求める」という私の問いかけを、社長が「では積み上げで確認しましょう」と自ら言うようになりました。


上場後の結果——数字は正直だった。

上場から8ヶ月後、N期の第2四半期が終わりました。

着地見込みは前年比157%。中立シナリオ(163%)に近い水準で推移しています。
もし180%の計画で上場していた場合、この数字は「大幅な計画未達」として市場から厳しい評価を受けていたはずです。

3つの教訓

①「経営判断への介入」と「数字の合理性への疑問」は別物

  • 業績計画の目標水準を決めるのは経営判断ですが、「その数字に積み上げ根拠があるか」を確認することは監査役の正当な職責の範囲内です。「ビジネスのことは分からない」という遠慮が、監査役を沈黙させる最大の罠です。


②CFOを「味方」にする動線を作る

  • 社長に直接ぶつかる前に、CFOと個別に話したことが突破口になりました。CFO自身も数字に懸念を持っていたが言い出せなかった——この構造はIPO準備企業でよく見られます。「味方になってくれそうな人から始める」という順序が重要です。


③「問いかける」ことと「否定する」ことは違う

  • 「この数字はおかしい」と断定するのではなく「根拠を教えてください」と問いかけたことで、社長が防御的にならずに済みました。監査役の発言は「問い」の形を取ることで、建設的な議論につながりやすくなります。


本事例は実務でよくあるパターンをもとにした仮設例です。特定の企業・個人を指すものではありません。
出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)

③重要な意思決定の進め方への疑問

  • 大型の設備投資・M&A・新規事業への参入—事前の根回しが完了した状態で取締役会に上程され、「反対しても無意味」という雰囲気の中での賛否の問題です。「賛成票を投じながら、実は腑に落ちていない」という状態を続けることへの罪悪感を語る監査役が多い。

仮設例_③重要な意思決定の進め方への疑問

【登場人物と会社の概要】

【会社】社員数130名・EC支援サービス業・東証グロース上場を目指すN-1期の第3四半期

【社長】創業10年目のカリスマ型経営者

意思決定が速く、社内に強い影響力を持つ。「決めたら動く」が口癖


【取締役A(営業担当)】社長の元部下

社長の判断に反論したことがほぼない


【取締役B(技術担当)】共同創業者

社長とは対等に話せる関係だが、この件では沈黙していた。


【常勤監査役(語り手)】元商社出身

M&A・投資案件の経験がある。就任から1年4ヶ月目


【主幹事証券】上場申請の準備が最終段階に入っている

【問題の発端——取締役会の2日前に届いた「追加議題」】

  • その取締役会の招集通知は、開催3日前に届きました。議題は通常どおり「月次業績報告」「資金繰り確認」「人事承認」の3つ。それぞれ資料も添付されていました。


ところが開催前日の夜、メールで「追加議題」が届きました。


  • 「議題4:株式会社△△ホールディングスとの資本業務提携について(審議)」
  • 添付されていたのは、A4で3枚の概要資料のみ。金額は「3億円の第三者割当増資の引き受け」。相手は社長が個人的に親交のある経営者が率いる会社。
  • 前日夜の追加、3枚の資料、3億円の第三者割当増資——この組み合わせに、私は強い違和感を覚えました。


取締役会当日——異様な「スムーズさ」

翌日の取締役会。

社長がこう切り出しました。

  • 「議題4について説明します。△△ホールディングスとは半年前から話を進めてきました。先方との条件も固まり、今月中に締結したい。皆さんには事前に個別でご説明しましたので、本日は承認をいただきたい」


取締役Aがすぐに言いました。

「事業シナジーも明確ですし、賛成です」


取締役Bも続きました。

「技術面での連携も期待できますね。賛成します」

社長が私を見ました。

「監査役、何かご意見は」

私は手を挙げました。

「言うべきか・飲み込むか」——この案件特有の葛藤】

  • 取締役会の場で即座に問いを立てながら、頭の中では2つの声が戦っていました。


【飲み込もうとした理由】

  1. 「事前に個別説明が済んでいる」という社長の言葉。自分だけが知らないのは、監査役だから(意思決定プロセスに参加しないのは当然)という解釈もできた。
  2. 取締役2名がすでに賛成している。「自分が場の空気を壊している」という感覚
  3. 3億円という規模は大きいが、M&Aではなく資本業務提携。「まあ問題ない範囲かもしれない」という自分への言い訳


【N-1期の第3四半期——上場直前のこの時期に混乱を招くことへの躊躇、
それでも言わなければならないと思った理由】

  1. 前日夜の追加議題、3枚の資料、事前説明なし——これは取締役会の形骸化の典型的なパターンそのものだった
  2. 3億円の資金調達は、財務・ガバナンス・株主構成に直接影響する重要事項


「賛成したくない」のではなく「この進め方は審査で問題になる」という確信があった

監査調書に「適正な審議が行われた」と書けない案件を、黙って見過ごすことはできない

【取締役会での発言—場が静止した瞬間】

  • 「1点確認させてください。この議題は本日の追加議題として前日夜に届きました。私への事前説明はありませんでしたが、取締役の皆さんへの個別説明はいつ実施されたのでしょうか」


社長が答えました。

「先週、個別に時間を取りました」

「ということは、取締役会の審議の前に実質的な意思決定が行われていた、ということでしょうか」

場が静止しました。

「そういう言い方をするなら……取締役会で正式に承認するための根回しをしたということだ。何が問題なのか」

私は続けました。

「問題は2点あります。

  • 1点目は、取締役会の直前に追加議題として上程され、3枚の資料のみで3億円の第三者割当増資を審議することの適正性です。デューデリジェンスの結果、相手先の財務状況、希薄化による既存株主への影響——これらの資料が取締役会に提供されていません。
  • 2点目は、上場審査において取締役会の形骸化が最も指摘されやすいパターンが、まさに今日のような進め方だという点です」


社長の反論と、取締役Bの変化

社長は声のトーンを上げました。

「半年かけて交渉してきた案件だ。今更デューデリジェンスを1から説明する必要があるのか。ビジネスには機動性が必要だ」

私は静かに答えました。

「私は反対しているのではありません。
この案件を否定したいのではなく、審議のプロセスを適正にしてほしいということです。
充実した資料と十分な審議時間を確保した上で、改めて取締役会を開催することを提案します」

しばらく沈黙が続いた後、取締役Bが口を開きました。

「……監査役の言う通りかもしれない。
私も詳細な財務情報を見ていない。
先方の直近の決算資料くらいは確認したい」

取締役Bが動いたことで、空気が変わりました。

2週間後の臨時取締役会——充実した審議

社長は渋々ながら、改めて取締役会を開催することに同意しました。

2週間後の臨時取締役会には、以下の資料が提出されました。

  1. 相手先の直近3期分の財務諸表と要約分析
  2. 業務提携の具体的な内容・役割分担・期待効果(定量・定性)
  3. 第三者割当増資による希薄化率と既存株主への影響試算
  4. 類似取引の市場事例との比較
  5. リスク項目の整理(撤退条件・秘密保持・競業避止等)


審議は1時間半に及びました。

その中で、取締役Bから「この条項は修正してほしい」という具体的な意見が出て、最終的に契約条件の一部が変更されました。

全員一致で承認されましたが、
「前回そのまま通っていた案件」とは明らかに内容が変わっていました。

仮設例_③重要な意思決定の進め方への疑問_【主幹事証券からの評価】

 【主幹事証券からの評価】

  1. 後日、主幹事証券の担当者にこの経緯を話したところ、こう言われました。
  2. 「よかった。正直に言うと、前日に追加議題が来た段階で私たちも心配していました。取締役会の形骸化は審査で最も指摘されやすい点の一つです。今回のように再審議して充実した議論の記録が残ったことは、審査上も大きなプラスになります」


主幹事も気づいていた。しかし言い出せなかった——今回も同じ構造でした。

社長との関係——「根回し」への意識が変わった。

取締役会から1ヶ月後、社長と個別に話す機会がありました。

「あの件、正直あなたに感謝しています。
あの後、取締役Bから『やっぱりちゃんと審議すべきだった』と言われました。
私は決断の速さが武器だと思っていた。でもそれが、取締役会を形骸化させていたかもしれない」


社長自身が「根回し先行の意思決定」の問題に気づいたのは、監査役が指摘した後でした。

その後の取締役会では、重要案件の上程プロセスが変わりました。

  1. 重要案件は開催1週間以上前に資料を送付する
  2. 追加議題は原則として次回開催に持ち越す
  3. 事前説明は「根回し」ではなく「理解を深めるための情報共有」として位置づける


取締役会の平均審議時間は、それまでの約30分から約70分に延びました。

【IPO審査での取扱い】

  1. 上場申請後の取引所審査において、審査担当者から取締役会の運営について質問がありました。
  2. 「N-1期の取締役会の議事録を拝見したところ、3月に重要な資本業務提携の承認が再審議されていますが、経緯を教えていただけますか」


私は正直に答えました。

「初回の取締役会での審議が十分でないと判断し、監査役として再審議を求めました。2週間後の臨時取締役会で充実した資料と議論をもとに承認しています」

審査担当者はうなずきました。

  1. 「取締役会が適正に機能している事例として、むしろ評価しています」
  2. 「再審議を求めた」という事実が、審査でマイナスどころかプラスの評価材料になったのです。


【3つの教訓】

①「根回し先行の取締役会」は形骸化の最も典型的なパターン

  • 事前に結論が決まっていて、取締役会は承認のための儀式になっている——これはIPO審査で最も指摘されやすいガバナンス上の問題です。監査役として気づいたら、その場で指摘することが最大の貢献になります。


②「反対」ではなく「プロセスへの疑問」として伝える

  • 「この案件に反対します」と言うと対立になりますが、「このプロセスでは審議が不十分です」と言うと、改善を求める形になります。内容への介入ではなくプロセスへの問いかけが、監査役の最も有効な発言スタイルです。


③再審議を求めた事実は、審査でプラスになる

  • 「問題を起こした」のではなく「ガバナンスが機能していた証拠」として評価されました。監査役が正しく機能したことの記録は、上場審査において会社の信頼性を高める材料になります。


本事例は実務でよくあるパターンをもとにした仮設例です。特定の企業・個人を指すものではありません。
出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/) 

④ハラスメント事案への対応

  • 特定の役員・幹部社員に関するハラスメントの情報を掴んだとき、取締役会でそれを指摘すべきかどうか。


  1. 「証拠があるのか」
  2. 「内部通報を経ていないのになぜ取り上げるのか」


という反論が来ることへの恐れが発言を止めます。

仮設例_④ハラスメント事案への対応

【登場人物と会社の概要】

【会社】社員数95名・ITコンサルティング業・東証グロース上場を目指すN-2期


【社長】温厚な人柄で社員からの信頼も厚い。

ただし役員同士の問題には介入を避ける傾向がある。


【取締役C(事業部長)】: 創業メンバーの一人

業績への貢献度が高く、社長も一目置く存在。一方で部下への言動が荒いという噂が以前からあった。


【Dさん】取締役Cの直属の部下

主任クラスの中堅社員。入社5年目


【常勤監査役(語り手)】元大手メーカー法務部出身

  • コンプライアンス対応の経験がある。就任から10ヶ月目


【主幹事証券】引受審査の準備が進んでいる段階

【問題の発端——廊下での「立ち話」が始まりだった】

ある午後、給湯室でDさんと顔を合わせました。世間話をしていたその流れで、Dさんがふとこぼしました。

「最近、ちょっと職場がしんどくて……」

「どうしたんですか?」

「いや、大したことじゃないんですが……C部長が、最近特にきつくて。会議で名指しで怒鳴られることが続いていて。昨日も『お前は使えない』と言われて……」

Dさんは笑って「愚痴ですみません」と言って立ち去りました。

しかし私の頭の中では、その言葉が引っかかり続けました。

【「これはハラスメントか」という判断の難しさ】

翌日から、私は意識してフロアの様子を観察するようにしました。
すると、いくつかの場面が目に入るようになりました。

  1. 取締役Cが会議室で部下を叱責する声が廊下まで聞こえる。
  2. 特定の社員(Dさんを含む3名ほど)がCの前で萎縮したように見える。
  3. Cのチームだけ、残業時間が明らかに他部門より長い。


これらは「印象」であり、証拠ではありません。

【私が最初に感じた葛藤はここにありました。】

「お前は使えない」という発言は一度の立ち話で聞いただけ。
確認できていない

ハラスメントかどうかの判断は専門的な知見が必要であり、自分の感覚だけで動くべきではない】

  1. 内部通報を経ていない——正規のルートを踏まずに動くことへの躊躇
  2. 取締役Cは業績への貢献が大きく、社長も頼りにしている。その人物に関する問題を取り上げることへの重圧


「言うべきか・飲み込むか」——今回最も長く迷った】

ハラスメントの案件は、関連当事者取引や業績計画とは葛藤の性質が根本的に違います。

【飲み込もうとした理由】

  1. 証拠がない。Dさんの一言だけでは何も言えない
  2. 内部通報制度があるのだから、それを待つべきではないか
  3. 取締役Cの言動が「ハラスメント」なのか「厳しい指導」なのかの区別が難しい
  4. 万が一Cが「監査役に言いつけたのは誰か」と疑い始めたら、Dさんに火の粉が降りかかる
  5. 「監査役が社内の人間関係に首を突っ込んでいる」という印象を持たれたくない


【それでも動かなければならないと思った理由】

  1. もしこれが本当にハラスメントであり、被害が深刻化した後で「監査役は知っていたのか」と問われたとき、私は「立ち話で聞いたが何もしなかった」と答えることになる。
  2. 内部通報制度は「被害者が自ら通報すること」を前提にしているが、それができない状況だからこそ問題が長期化することがある
  3. 社員が退職し始めたとき「人材流出があった」という事実がIPO審査で問われる可能性がある。


何より、Dさんの「しんどい」という言葉が頭から離れなかった

【最初に取った行動——「個別面談」という形を作った】

取締役会でいきなり取り上げることには複数のリスクがありました。
証拠がない、Dさんを守れない、Cが防御的になる——これらを考えた末に、私が最初に選んだのは「個別面談」でした。

【ステップ①:Dさんへの個別面談(任意・非公式)】

「先日の話が少し気になっていた」という形で、Dさんに個別に話を聞く機会を作りました。
監査役としての調査ではなく、「気になっていた」という自然な形で。

Dさんは最初躊躇していましたが、徐々に話してくれました。

  1. 会議での名指しの叱責が週に1〜2回続いている
  2. 「お前には無理だ」「なんでこんなことも分からないのか」という言葉を繰り返し言われている
  3. 同じチームの別の2名も同様の状況にある
  4. 誰も声を上げられていない。「C部長は業績を上げているから、言っても無駄」という空気がある。


「Dさん、話してくれてありがとうございます。

Dさんの名前を出さずに動くことはできます。ただ、このまま放置することは私にはできません」

Dさんは「助かります」と言いながら、目が潤んでいました。

【ステップ②:客観的な事実の収集】

感情に流されないために、確認できる事実を整理しました。

  1. 人事部門に確認:Cのチームの残業時間(過去6ヶ月)→他部門の平均より月40時間以上多い
  2. 総務に確認:過去1年の退職者数→Cのチームから3名退職(全社平均の退職率の2倍以上)
  3. 自分の観察記録:叱責の声が廊下まで聞こえた日時をメモ化(3回分)


数字として見えてきたことで、「印象」が「確認できる事実」に変わっていきました。

社長への報告——慎重に言葉を選んだ

取締役会での公開の場ではなく、まず社長に個別で報告することにしました。
「社長、Cさんのチームについて、いくつか気になる点があり、お伝えしたいことがあります。
Cさんの言動についてのご意見を直接申し上げることになるため、個別にお時間をいただきました」

社長は最初、防衛的な反応を示しました。

「Cは確かに厳しいが、それで業績を上げてきた人物だ。ハラスメントとは違うんじゃないか」

私は感情的にならずに、数字で答えました。
「Cのチームの月次残業時間は全社平均の1.6倍です。過去1年で3名が退職しています。
直接の部下から継続的な叱責についての訴えがありました。これらを踏まえると、監査役として放置するわけにはいきません」

「……それは、私が知らなかったことだ」

社長が黙り込みました。
数字を見せたことで、初めて「自分が見えていなかった現実」を認識した様子でした。

その後の対応——会社が動いた

社長が動いたことで、対応が進みました。

①外部の専門家(社労士・弁護士)による実態調査の実施

  • 社長の判断で、外部専門家によるヒアリング調査が実施されました。Dさんを含む複数の社員が匿名で証言し、取締役Cの言動がパワーハラスメントに該当すると判断されました。


②取締役Cへの指導と行動改善計画の策定

取締役会でCに対する指導が行われました。Cは当初反発しましたが、最終的に「自分の言動に問題があった」ことを認め、行動改善計画を策定しました。

③定期的なフォローアップの仕組みの整備

チームの残業時間・離職率のモニタリングと、半期に1回の全社員アンケートが導入されました。内部通報制度の周知徹底も改めて実施されました。

Cのその後——最も難しかった部分
取締役Cは行動改善計画を策定した後、IPO後も取締役として在籍しています。

言動は改善されています。チームの残業時間は正常化し、Dさんも引き続き在籍しています。

ただし、Cとの個人的な関係は「以前のような自然なコミュニケーション」には戻っていません。これは仕方のないことだと思っています。

監査役の仕事は「全員に好かれること」ではなく「職責を果たすこと」です。
Cとの関係が変わっても、Dさんが引き続き働いていることの方が、私にとっては大切な事実です。

仮設例_④ハラスメント事案への対応_【IPO審査での取扱い】

【IPO審査での取扱い】

取引所審査において、審査担当者から内部通報制度とコンプライアンス体制について質問がありました。

「内部通報制度の実績はありますか」

私は正直に答えました。

「公式の内部通報ではなく、監査役への直接の相談という形でハラスメントの訴えがありました。外部専門家による調査を経て、対象の役員に対する指導と行動改善計画の策定、モニタリング体制の整備を行っています」


審査担当者は言いました。

「有事の際に監査役が適切に機能していた事例として評価しています。内部通報制度の実績がなくても、別のルートで問題が顕在化・対処されたという点は重要です」


【4つの教訓】

①「証拠がない」は動かない理由にならない

  • 証拠が揃ってから動こうとすると、被害は深刻化します。「気になった」という段階で、まず「聞く」という行動を取ることが監査役の役割です。聞いた結果として証拠を集める——この順序が重要です。


②数字で語ることはハラスメント案件でも有効

  • 「言動が気になる」という印象論では社長は動きにくい。残業時間・離職率という客観的な数字が、「これは組織の問題だ」という認識を社長に持たせる上で最も効果的でした。


③「Dさんの名前を出さない」という約束を守り抜く

  • 途中で何度か「誰から聞いたのか」と問われる場面がありました。その都度「特定の個人を特定することはできません」と答え続けました。情報提供者を守ることが、次に相談してくれる人を生む唯一の方法です。


④「内部通報を経ていない」という躊躇を乗り越える

  • 正規のルートを踏まなかったことへの迷いはありました。しかし内部通報制度は「被害者が自ら声を上げることを前提にした仕組み」であり、声を上げられない状況にある人を守るのは別のルートである場合もあります。監査役への相談が、内部通報制度を補完する役割を果たすことがあります。


本事例は実務でよくあるパターンをもとにした仮設例です。特定の企業・個人を指すものではありません。
出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)

⑤議事録の記載への疑問

  • 「この議事録、実際の議論と違いませんか」——取締役会の実態を知っているからこそ言える指摘です。議事録の遡及作成・内容の加工に気づいた場合、それを指摘することは実質的に事務局(経理部門等)や社長への批判になります。

仮設例_⑤議事録の記載への疑問

【仮設例:登場人物と会社の概要】

【会社】 社員数85名・BtoB向けクラウドサービス業・東証グロース上場を目指すN-1期の第2四半期

【社長】 創業12年目

経営判断は速く、社内の掌握力が高い。悪い人ではないが「見せ方」を重視する傾向がある。


経理部長(兼・取締役会事務局): 議事録の作成担当

社長の信頼が厚く、10年以上の在籍。議事録は毎回「社長の意向を汲んだ形」で作成されてきた


【常勤監査役(語り手)】元地方銀行出身

コンプライアンスと文書管理には厳しい感覚を持つ。就任から1年6ヶ月目


【主幹事証券】上場申請書類の作成が大詰めの段階


【問題の発端——届いた議事録を読んで目を疑った】
取締役会の翌週、いつも通り経理部長から議事録の確認依頼が届きました。

私は取締役会に毎回出席し、発言内容を手元のノートに記録しています。届いた議事録を読みながら、そのノートと照合していくのが習慣です。

今回の取締役会では、新規事業への投資案件(投資額5,000万円)について、かなり踏み込んだ議論がありました。

取締役Dが「回収見込みが不透明だ」と強く反対し、
社長と30分以上にわたる議論になりました。

最終的には「3ヶ月後に進捗を確認した上で追加投資を判断する」という条件付きで承認されました。
ところが届いた議事録には、こう書かれていました。

「新規事業投資案件について審議し、全員一致で承認した。」
以上。
それだけでした。


「これはまずい」と確信した3つの理由】

ノートと議事録を見比べながら、私は3つのことを確信しました。

①事実と異なる記載がある

  • 「全員一致」は事実ではありません。取締役Dは最後まで懸念を示しており、「条件付きの承認」という着地点でした。「全員一致で承認」という記載は、審議の実態を反映していません。


②重要な条件が記載されていない

  • 「3ヶ月後に進捗を確認した上で追加投資を判断する」という条件は、この案件の核心です。この条件が議事録にない以上、3ヶ月後に誰も確認しなくても「決まったこと」になってしまいます。


③IPO審査で最も問われる「形骸化の証拠」になりうる

  • 取締役会の形骸化の典型的なパターンは「反対意見が記録されない」「条件付き承認が無条件承認として記録される」です。主幹事・取引所が議事録を精査すれば、実態との乖離は必ず指摘されます。


「言うべきか・飲み込むか」——議事録特有の葛藤】

  • 議事録への異議は、これまでの4つの案件とはまた違う種類の葛藤でした。


【飲み込もうとした理由】

  1. 「議事録の書き方は会社の慣行に従う」という考え方もできた。過去の議事録もおそらく同じスタイルで作られてきたはず
  2. 経理部長は悪意があってこの書き方をしているわけではなく「社長が承認したのだから全員一致でいい」という認識かもしれない
  3. N-1期の第2四半期——上場申請まで残り半年という時期に、議事録の書き方を変えることへの躊躇
  4. 「議事録の細かい書き方に文句をつける監査役」という見られ方への懸念


【それでも言わなければならないと思った理由】

  1. 監査役は取締役会の議事録に署名・記名押印する立場にある(会社法369条)。事実と異なる記載のある議事録に署名することは、自分自身の問題になる
  2. 「全員一致」という虚偽の記載は、上場後に問題が発覚した場合の責任の所在を歪める
  3. 過去の議事録も同じスタイルで書かれているとしたら、これまでの全議事録が審査で問題になりうる
  4. 「条件付き承認」の条件が記録されなければ、3ヶ月後のフォローアップが行われない可能性がある


【まず経理部長に確認した——悪意はなかった】

私はまず取締役会の翌週、経理部長に個別で話しました。
「先日の議事録を拝見しました。新規事業投資の案件について、取締役Dから懸念が示され、条件付きの承認になったと認識しているのですが、議事録には『全員一致で承認』とのみ記載されています。
この点を確認させてください」

経理部長は少し驚いた顔をしました。
「……そうでしたね。ただ、最終的には承認されたので、そういう書き方にしていました。今まで(社長から)もそれで問題ないと言われてきたので」悪意はない。

しかし「今まで通り」
という慣行の問題だということが分かりました。

「過去の議事録も同じスタイルで作成されてきたということですか」

「はい、基本的には……」

私は静かに告げました。
「この書き方は、上場審査で問題になります。今回の議事録を修正していただく前に、社長にも話を聞かせてください」


【社長との対話——「それが何の問題なのか」】

社長との個別面談で、私は率直に伝えました。
「議事録に2点の問題があります。

1点目は、取締役Dが懸念を示したにもかかわらず『全員一致』と記載されていること。
2点目は、3ヶ月後の確認という条件が記載されていないことです」

社長はしばらく考えてから言いました。
「最終的には全員が承認したんだから、全員一致でいいじゃないか。

それに、条件の話は皆分かっているから、議事録に書かなくても問題ない」

「社長、上場審査では議事録が取締役会の実態を示す唯一の公式記録として扱われます。

『皆分かっている』は審査では通じません。

また、取締役Dが懸念を示したことは、取締役会が実質的な議論をしていた証拠です。
それを記録しないことは、むしろ取締役会の形骸化を疑われる原因になります」

「……反対意見を書いたら、取締役会がまとまっていないように見えるじゃないか」

「逆です。審議の経過が記録されている議事録の方が、取締役会が機能していた証拠として高く評価されます」

社長は腕を組んで黙り込みました。

仮設例_⑤議事録の記載への疑問_【主幹事証券に確認してもらった—社長が動いた】

【主幹事証券に確認してもらった——社長が動いた】

面談後、社長がすぐに納得する様子ではなかったため、私は主幹事証券の担当者に連絡を入れました。

「取締役会の議事録の記載について確認したいのですが、審議の経過(反対意見・条件付き承認等)は記録すべきでしょうか」

担当者の回答は即座でした。

「当然です。議事録には審議の経過を記録することが会社法上の要件です(会社法施行規則101条)。
反対意見や条件の記載がない議事録は、取引所審査で形骸化の指摘を受ける典型例です。
今すぐ修正すべきです」

私はこの回答を社長に伝えました。
主幹事からそう言われると、社長はすぐに動きました。

「分かった。経理部長に修正させる」


【過去の議事録問題——より深刻な問題が浮上した】

議事録が修正された後、私は社長と経理部長に追加で提案しました。

「過去の議事録も同じスタイルで書かれているとのことでしたが、審査対象期間(N-3期以降)の議事録について、実態との乖離がないか確認が必要です」

これは社長にとって想定外の提案でした。

「過去の全部の議事録を見直すのか……」
「全件を一から書き直す必要はありません。

特に重要な案件(大型投資・組織変更・役員報酬等)の議事録について、当時の資料やメモと照合して記載内容の確認をすることを提案します」

約1ヶ月かけて、主幹事証券の助けも借りながら、N-3期以降の主要な議事録の確認作業を行いました。

結果として、10件程度の議事録について
「審議の経過が不十分」
として補足資料の作成が必要になりました。

これらは議事録そのものを修正するのではなく、
「当時の審議の実態に関する補足説明資料」を別途作成する形で対応しました。

仮設例_⑤議事録の記載への疑問_ 【上場審査でのやりとり】 

【上場審査でのやりとり】

取引所審査において、審査担当者から議事録について質問がありました。「N-1期の取締役会議事録を拝見すると、審議の経過が詳しく記録されていますね。以前の期間と比べて記載スタイルが変わっているようですが」

私は正直に答えました。

「はい。N-1期の第2四半期に、議事録の記載が審議の実態を十分に反映していないことを確認し、記載方法を改善しました。それ以前の期間の主要案件については、補足説明資料を別途作成しています」

審査担当者は資料を確認した後、こう言いました。

「補足資料の内容も確認しました。問題ありません。むしろ監査役が議事録の実態を確認し、改善を主導したことは評価できます」

【議事録確認の習慣——この経験後に作ったルール】

この経験から、毎回の取締役会後に議事録を確認する際の習慣を整えました。

  1. 取締役会では必ずノートに発言者・発言内容・決議の経緯を記録する
  2. 議事録が届いたら、ノートと照合して3点を確認する(発言の正確性・反対意見の記録・条件付き承認の条件の記載)
  3. 修正が必要な場合は、まず事務局(経理部長等)に口頭で伝え、それでも直らない場合は社長に書面で伝える
  4. 修正内容と経緯を監査調書に記録する


【3つの教訓】

①議事録への署名は「内容を確認した」ことを意味する

  • 監査役が議事録に署名・押印することは、単なる形式ではありません。「この内容が正確であることを確認した」という意思表示になります。事実と異なる議事録への署名は、自分自身の善管注意義務違反につながりうることを認識しておく必要があります。


②「反対意見が記録されている議事録」の方が審査で評価される

  • 社長は「まとまっていないように見える」と懸念しましたが、審査では逆です。取締役会で活発な議論が行われ、その経過が正確に記録されていることは、ガバナンスが機能していた証拠として高く評価されます。「全員一致・反対意見なし」の議事録ばかりが続くことの方が、形骸化を疑われます。


③過去の議事録の問題は「修正」ではなく「補足」で対処する

  • すでに作成・保管された議事録を後から修正することは、改ざんのリスクを伴います。過去の議事録に不備があった場合は、議事録そのものを修正するのではなく「当時の審議の実態に関する補足説明資料」を別途作成する方法が、実務上の標準的な対処法です。


本事例は実務でよくあるパターンをもとにした仮設例です。特定の企業・個人を指すものではありません。出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)

監査役として異議を唱えるケース_打開策一覧

【テーマ】
①関連当事者取引への疑問

②業績予測の楽観主義への疑問

③重要な意思決定の進め方への疑問

④ハラスメント事案への対応

⑤議事録の記載への疑問

【打開策】
主幹事証券を通じた間接的な働きかけ 

 CFOを動かして積み上げ試算を作る 

 「反対」ではなく「プロセスへの疑問」として伝える 

 人事データの積み上げ+外部弁護士の活用 

 主幹事証券を法的根拠の橋渡し役として使う

「言うべきか・飲み込むか」の葛藤の内側

【「言うべきか・飲み込むか」の葛藤の内側】

  • 座談会で繰り返し出てくる本音を整理すると葛藤の構造は以下です。


【言いたい理由】

【飲み込みたい理由】

【言いたい理由】

  • 監査役としての善管注意義務がある
  • 黙っていると「知っていて何もしなかった」という責任を後から問われる
  • このまま上場させてよいのかという疑問

 【飲み込みたい理由】 

  • 自分を推薦してくれた社長との関係を壊したくない
  • 「場の空気を壊す人」と見なされたくない
  • 次回の任期更新がなくなるかもしれない
  • 「自分の認識が間違っているだけかもしれない」という自信のなさ


★この「飲み込みたい理由」の中に、「任期更新」という言葉が出てくる点が重要です。監査役の身分は任期が来れば更新しないことで実質的に辞めさせられます。これが独立性を構造的に脅かしています。

実際に発言した後に起きること(3パターン)

パターンA:「良い緊張感」が生まれる】

【パターンB:「表面は変わらないが、空気が変わる」】
【パターンC:「次の任期が来なかった」】

パターンA:「良い緊張感」が生まれる】

  • 発言した後、社長が「それは確かに検討不足だった」と認め、追加審議になる。その後の関係がむしろ良くなる。「監査役がいてくれて助かった」という評価につながるケースです。社長が「異議を言ってほしい」と心の底では思っていた場合に起きます。

 【パターンB:「表面は変わらないが、空気が変わる」】 

  •  発言はした。社長も「ご意見として承ります」と受け流した。議事録にも残った。ただしその後、自分への情報共有が微妙に減った、会議の前の根回しに呼ばれなくなった、という変化が起きる。「言ったことを後悔はしていないが、居心地は悪くなった」という状態です。

【パターンC:「次の任期が来なかった」】

  • 最も深刻なケース。異議を唱えた後、任期満了のタイミングで「後任を立てることにした」と告げられる。IPO審査の途中でこれが起きると「監査役の途中退任という特大の地雷」に直結します。

監査役が発言を「後悔しなかった」ために取る行動

①発言の前に「書面で意見を伝える」という手順を踏む
②議事録に自分の意見を残す
③「監査役監査調書」に残す

①発言の前に「書面で意見を伝える」という手順を踏む

  •  取締役会での口頭発言の前に、社長との個別面談で事前に「懸念点を伝えた」という記録を残しておく。これにより「いきなり公の場で批判した」という印象を避けつつ、意見表明の記録が残せます。

②議事録に自分の意見を残す

  •  取締役会で発言したことを、議事録に正確に記録するよう求める。「監査役から〇〇について疑義が呈された」という記録が残ることで、後から「知っていたのに何もしなかった」という批判を防げます。

③「監査役監査調書」に残す

  •  取締役会の議論を監査調書に記録しておく。「取締役会における審議の実態」として調書に記録があれば、それ自体が監査役としての職責遂行の証拠になります。

 💡 IPOガバナンス体制のご相談はこちら

 「常勤監査役の紹介」「内部監査アウトソーシングの御見積」など、まずはお気軽にお問い合わせください。 

 [ お名前 ] [ メールアドレス ] [メッセージ]をご入力の上、最下段の(送信ボタン)を押して下さい。


 「例:常勤監査役の採用について相談したい / 内部監査のアウトソーシングについて見積りがほしい」

3営業日以内にご返信します。


IPO監査役ひろば by東洋ビジネスコンサルティング株式会社