監査役初心者の方へ

説明編+仮設ストーリー編の2部構成

第1部:説明編】

  • 監査役が「自分の仕事」を社内に伝えるための方法


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【第2部:仮設ストーリー編】

  • 仮設例①_監査役初心者の就任初日から、自分の言葉が出るまで 
  • 仮設例②_「監査役って、何をする人ですか」


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【実務編】

1.監査計画の立て方
2. 「取締役会に初めて出席する日」

  • 仮設例_最初の取締役会—全員がうなずく中で、私だけが固まった


3.これは報告すべきか、迷ったとき 

  • 仮設例_「全部言った私」と「何も言わなかった私」


4.監査法人との最初の面談

  • 仮設例_ 「監査法人って、怖いところだと思っていた」


5.内部監査担当者との関係構築


  • 仮設例_「最初、彼女は何も話してくれなかった」


6. 発言するタイミングが分からない

  • 仮設例_ 「タイミングを3回間違えた」監査役の話 

【監査役の仕事を、社内に伝える】

なぜ「伝えること」が必要なのか】

  • 「何をする人なのか」を知ってもらうことが、最初の仕事だった


監査役に就任した直後、多くの人が気づきます。

「誰も、監査役が何をする人か分かっていない」

社長は

「よろしくお願いします」

と言うが、どう関わればいいか分かっていない。

  • 取締役会では「監査役って、何か指摘してくる人」という認識に留まっている。
  • 一般社員は「偉い人が来て、何か確認している」くらいの認識しかない。


この認識のまま監査役が往査に来ると、こう思われます。

  1. 「何を見に来たのか分からない」
  2.  「何か問題を探しているのか」 
  3. 「話しかけてはいけないのか」


監査役の仕事は「理解されていて」初めて機能します。

  1. 社員が「困ったことは監査役に相談できる」と思っていなければ、内部通報は来ない。
  2. 取締役が「監査役の確認は重要だ」と思っていなければ、資料提供に協力しない。
  3. 社長が「監査役の指摘は会社のためになる」と思っていなければ、苦言は無視される。


「自分の仕事を伝えること」は、監査役として機能するための最初のインフラ整備です。

【相手別の「伝え方」】

監査役の仕事を伝える相手は3つに分けられます。それぞれ、伝えるべき内容と方法が異なります。

【社長(CEO)への伝え方】 

 【社長に理解してもらうべきこと】

社長との関係で最も重要なのは「監査役は敵ではない」という認識を作ることです。

多くのオーナー社長は、監査役を「批判する人」「邪魔する人」として捉えがちです。

しかし監査役の本来の役割は、「社長が見えていないリスクを見つけて、会社が転ばないようにする人」です。

【社長(CEO)への伝え方】

【伝えるべきこと】

監査役の法的な役割


 IPO審査での位置づけ

 
社長にとってのメリット


 関係の作り方

具体的な言い方

「取締役の職務執行を監査することが会社法上の職務です」
 

「上場審査では、監査役が実質的に機能しているかが確認されます」

 「私は社長が気づいていないリスクを見つけ、先手を打つ役割です」

 
「月次の定期面談で、監査の状況と経営の課題を共有させてください」 

【監査役の仕事を、社内に伝える】

【「敵ではない」と伝えるための一言】


「私の仕事は、会社の問題を外部に暴露することではありません。問題を早期に発見して、内部で解決することです。社長と同じ方向を向いています」


【社長が警戒するポイントへの対処】


社長が監査役を警戒する主な理由は

  1. 「言いたいことを言われる」
  2. 「上場の邪魔をされる」

という不安です。


これに対しては、「言うことがあれば先に社長に言う。外部に先に言うことはしない」という信頼関係の約束が有効です。
ただし、この約束は「問題がある場合は必ず伝える」という前提の上にあります。

【監査役の仕事を、社内に伝える】

【取締役・役員への伝え方】

  • 役員に理解してもらうべきこと


取締役への伝え方で最も重要なのは「監査役の確認は、取締役を守るためでもある」という視点です。

取締役は、監査役の確認を「自分の判断を疑われている」と感じやすい。

しかし実際には、監査役が適切な審議を求めることで、「取締役として適切な判断をした」という記録が残ります。これは後から問題が生じたときに、取締役自身を守る証拠になります。

【社長(CEO)への伝え方】

【伝えるべきこと】

取締役会での監査役の役割

 
取締役を守る側面



 情報提供の依頼


 相談窓口としての役割

具体的な言い方

「取締役会で確認を求めることがあります。これは批判ではなく、記録として残すためです」


 「取締役として適切な判断をしたという記録が残れば、後からの説明責任を果たしやすくなります」 
  

「往査で必要な資料の提供にご協力ください。監査役への情報提供は会社法上の義務です」 

 

「業務上判断に迷うことがあれば、相談していただけます」 

【監査役の仕事を、社内に伝える】

【担当役員別の「刺さる言い方」】


【CFO・財務担当役員】

  •  「私は財務の問題を早期発見することで、修正コストを小さくする役割です」


【営業担当役員】

  •  「私は営業プロセスの問題を発見して、コンプライアンスリスクを事前に防ぐ役割です」


【技術担当役員】

  •  「技術的な詳細は専門家にお任せします。ガバナンスの観点から確認させていただきます」

【監査役の仕事を、社内に伝える】

【一般社員への伝え方】

  • 社員に理解してもらうべきこと


一般社員への伝え方で最も重要なのは「監査役は相談できる存在だ」という認識を作ることです。

多くの場合、一般社員は監査役を「監視する人」「偉い人」という印象を持ちます。

しかし最も重要な情報は、往々にして現場の社員が持っています。社員が「話しかけてはいけない」と思っていれば、その情報は監査役に届きません。

【全社員への周知(就任時)】

  • 就任後1ヶ月以内に、全社員に向けた「監査役からの挨拶文」を発信することをお勧めします。


【監査役からの挨拶】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このたび常勤監査役に就任しました○○と申します。

監査役の仕事を一言で言えば、「会社が正しく機能しているかを確認する人」です。
不正を摘発することではなく、問題が起きにくい仕組みを一緒に考えることが役割です。
私は定期的に各部門を訪問して、業務の状況を確認させていただきます。

困っていること、おかしいと感じること、相談したいことがあれば、いつでも声をかけてください。

監査役室:○○号室

メール:○○@○○

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

往査時の「最初の一言」

  • 往査に来たとき、担当者に必ずこう伝えてください。


「私は問題を探しに来たのではありません。業務が適切に行われているかを確認させていただきます。困っていることや、改善した方がいいと感じていることがあれば、ぜひ教えてください」

この一言で、担当者の「監視されている」という緊張感が和らぎます。

「困ったことを言っていい空気」を作る

往査の中で、担当者が「実はこういうことが気になっていて」と話し出す瞬間があります。

このとき最も重要なことは「聞いてくれてありがとう」という態度です。

担当者が勇気を出して話してくれたことを、後から「問題を報告した」という形で扱わない。「改善のための情報を提供してくれた」という扱いにする。

 

この違いが、次回以降も「話せる関係」を維持するかどうかを決めます。

「伝える」タイミングの設計

【タイミング】
就任初日〜1週間以内


就任1〜2週間以内

 
就任1ヶ月以内


 往査開始時

 取締役会のたびに

【対象】

社長


役員全員

 
全社員

 
各部門担当者
 

取締役全員

【方法】

個別面談(社長の期待と監査役の役割の摺り合わせ)


役員会議での自己紹介+役割の説明

 挨拶文の配布(社内メール・掲示板等)

 往査の冒頭での説明 
 

「確認させてください」という発言の積み重ね

【監査役の仕事を、社内に伝える】

【「伝えること」の効果】

監査役の役割が社内に理解されると、3つの変化が起きます。

変化①:情報が届くようになる

「困ったことは監査役に話していい」という認識が広がると、現場の「小さな異変」が監査役に届くようになります。往査を待たなくても、担当者から声がかかるようになります。

変化②:往査の質が上がる

「何をしに来たか分からない人」が来ると、担当者は防御的になります。「業務を一緒に良くする人」が来ると、担当者は積極的に情報を提供してくれます。同じ往査でも、得られる情報の質と量が全く違います。

変化③:「監査役がいる会社」の文化が生まれる

「監査役が見ているから正しくやる」ではなく「監査役に相談しながら正しくやる」という文化が生まれます。これが最終的に、内部統制が機能する会社の「土台」になります。

第2部:仮設ストーリー編➀

監査役初心者の就任初日から自分の言葉が出るまで 

【「あの3ヶ月は、長かった」】

――就任初日から、自分の言葉が出るまで

※本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。特定の企業・個人を指すものではありません。

4月1日—就任初日

  • 辞令を受け取った日、永田雅人は少し緊張していた。


52歳。元大手商社の法務部門出身。30年間、契約書を読み、リスクを管理し、法的な問題を処理してきた。

しかし「監査役」は初めてだ。

社長の橋本(46歳)が言った。

「永田さん、よろしくお願いします。うちはN-3期目で、来年くらいを目処に申請したいと思っています。いろいろ教えてください」

「いろいろ教えてください」——。

(こちらが聞きたい)

永田は社長室を出た後、割り当てられた監査役室に入った。
デスクと椅子と、空っぽの本棚。

(さて、何から始めるか)

第1週—書類の山と格闘する

  • 永田が最初にやったことは、CFOの松田に頼んで書類を集めてもらうことだった。


  1. 定款
  2. 取締役会規程
  3. 稟議規程
  4. 直近3期の決算書
  5. 直近1年の取締役会議事録


書類は段ボール1箱分になった。

1日目は定款と取締役会規程を読んだ。読みながら気づいた。

(監査役の権限について書かれた条文が、ずいぶん少ない)

2日目は直近の決算書を読んだ。
売上は3年連続で成長している。
しかし利益率が少しずつ下がっている。外注費の増加が理由らしかった。

(外注費の管理が気になる)

3日目は取締役会の議事録を1年分読んだ。
議事録は全部で12回分。各回の分量は2〜3ページ。

読み終えて、永田はノートに書いた。

「12回の取締役会で、反対意見の記録がゼロ。全議題が『全員一致で承認』。これは実態を反映しているのか」

第1週の金曜日—主幹事証券からの電話

  • 就任から5日目の金曜日の午後、主幹事証券の担当者・高橋から電話が来た。


「永田さん、就任おめでとうございます。
来週、一度お時間をいただけますか。社長抜きで、監査役と直接お話しさせていただきたいのですが」

「社長抜きで」
——この言葉に、永田は少し身が引き締まる感覚を覚えた。

翌週の火曜日、高橋との面談が設定された。

第2週の火曜日—高橋との初回面談

高橋は40代後半の、落ち着いた雰囲気の人物だった。
面談は会社の外、近くのホテルのロビーで行われた。

開口一番、高橋が言った。

「永田さん、率直にお聞きします。就任して1週間、今何が分かっていて、何が分かっていませんか」

永田は正直に答えた。

「決算書のトレンドと、取締役会の議事録の実態に疑問があることは分かりました。ただ、監査役として具体的に何をすべきかは、まだ手探り状態です」

高橋は頷いた。

「正直に話してくださってありがとうございます。では今日は、N-3期に監査役として最優先でやることを3点お伝えします」

永田はノートを開いた。

「1点目は、全部門の往査を3ヶ月以内に完了させること。
書類を確認するのではなく、現場で担当者と話すことが目的です」

「2点目は、監査調書を書く習慣を今週から始めること。何を確認したか、誰と話したか、何が気になったか。全部記録に残してください」

「3点目は、取締役会で最低1回、発言すること。どんな小さなことでも構いません。発言のない監査役は、審査で評価されません」

永田は書き留めながら聞いた。

「具体的には何を発言すればいいですか」

高橋が少し微笑んだ。

「『確認させてください』から始めることです。批判でも反論でもなく、確認。それだけで十分です」

第3週—最初の往査

永田は往査を始めた。
最初は営業部門。


担当者の阿部(28歳)に、こう話しかけた。


「今日は業務の確認のためにうかがいました。阿部さんの日頃の仕事の流れを教えてください」


阿部は最初、少し緊張した様子だった。


「えっと……受注が来たら稟議書を上げて、承認が取れたら発注して」


「稟議書は、発注の前に上げていますか」


阿部が少し間を置いた。


「……急ぎのときは、先に発注してから稟議書を書くことも、あります」


「急ぎのときは先に発注してから稟議書を書く」——。


これが「後付け稟議」だ。


永田はノートに書いた。

その日の夜、調書を書いた。

最初の調書は、こんな内容だった。

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【往査記録:営業部門】


日時:○月○日 午後2時〜3時30分


確認内容:営業業務の流れのヒアリング


【気になった点】

急ぎの発注の場合、事後に稟議書を作成する慣行がある


【次のアクション】

他部門でも同様の実態があるか確認するたった4行。


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しかし永田にとっては「初めての調書」だった。書くことで、「確認した事実」が「記録された事実」になった。

第4週—営業部長との二回目の往査

【1週間後、永田は営業部長の村上に個別でヒアリングを求めた。


「先週の往査で、急ぎの発注の場合に事後稟議になることがあると確認しました。これはどのくらいの頻度で起きていますか」


村上が少し困った顔をした。


「……月に5〜6件はあるかもしれないです。稟議規程では問題があることは分かっているんですが、現場のスピードが優先になってしまって」


「この件は、社長やCFOは把握していますか」


「たぶん……知らないと思います」


「たぶん知らない」——。


社長が知らない問題が、現場に存在している。


永田はこの情報を、次の社長との面談で話すことにした。

第5週—社長との初回面談

【5週目に入り、社長の橋本との月次面談の第1回が行われた。】


永田は緊張していた。


「何を話すか」を前夜に整理した。


往査で発見した「後付け稟議の慣行」を伝えること。
しかしどう言えば、社長が防御的にならずに聞いてくれるか。


面談が始まった。

橋本が「最近の業況」を話した後、永田に振った。


「永田さん、監査役として何か気になることはありますか」


永田は息を整えて、言った。


「往査で確認したことがあります。
営業部門で、急ぎの発注の場合に事後稟議になるケースがあることを把握しました。月に5〜6件程度とのことです」


橋本が少し眉を動かした。


「それは初めて聞いた。部長から報告があったのか」


「ありません。現場担当者と部長へのヒアリングで確認しました」


橋本は少し考えてから言った。


「……CFOに対応させます」


「CFOに対応させます」という言葉の軽さに、永田は少し物足りなさを感じた。


しかし今日は「伝えた」という事実が重要だ。


永田は調書に書いた。

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○月○日 社長面談


【報告事項】営業部門の事後稟議について報告

【社長の反応】「CFOに対応させる」


【フォローアップ】来月の面談で対応状況を確認する

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第7週—取締役会での「初めての発言」

【7週目の取締役会】


議題の3つ目に「IT投資の承認(4,000万円)」が上程された。
資料を前日に確認していた永田は、一点気になっていた。


投資の目的と金額は書かれているが、投資効果の試算がない。

4,000万円の投資に対して、どういう効果を期待しているかが記載されていない。


取締役会が始まり、CFOが説明した。

全員がうなずいた。


橋本が「では承認を—」と言いかけた瞬間、永田は手を挙げた。

会議室の視線が集まった。


永田は言った。


「確認させてください。このIT投資について、期待される効果の試算を教えていただけますか。コスト削減なのか、業務効率化なのか、投資効果の見込みが資料に見当たりませんでした」


CFOが少し答えに詰まった。


「……具体的な試算はまだ作っていなくて」


橋本が言った。


「では、試算を作ってから改めて承認としましょう」


それだけだった。


「確認させてください」の一言で、取締役会が動いた。


取締役会が終わった後、永田は廊下で一人立ち止まった。


(言えた)


心臓がまだ少し早く打っていた。

第9週—監査法人との初回面談

【監査法人の担当者・今村パートナーとの初回面談】


今村が言った。


「永田さん、就任おめでとうございます。三様監査の連携について、少し確認させてください。
以前の監査役さんとは、四半期に一度の面談をしていましたが、どのような形を希望されますか」


永田は答えた。


「四半期の定期面談に加えて、気になることがあればすぐに連絡できる関係を作りたいと思っています。こちらから連絡していいですか」


今村が頷いた。


「もちろんです。それが三様監査の本来の形だと思います」


今村が続けた。


「一点、共有させてください。直近の監査で、売上計上のタイミングについて少し気になる点がありました。特定のプロジェクトで、検収前に売上を計上しているように見えるケースが1件あります。まだ確認中ですが、永田さんにも共有しておきたいと思いまして」


「まだ確認中」の段階で共有してくれた。


これが三様監査の本来の姿だ、と永田は感じた。

第12週—「3ヶ月の整理」と社長への報告

  • 就任から3ヶ月が経ち、永田は「初回監査報告」を社長に行った。


報告書は8ページ。


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報告の内容:


  1. 3ヶ月間の往査の実施状況(全8部門の往査完了)
  2. 主な発見事項(優先順位付き)
  • 重要度「高」:稟議規程の実態との乖離(月5〜6件の事後稟議)
  • 重要度「中」:IT投資の効果試算の不備(取締役会で指摘済み・対応中)
  • 重要度「中」:売上計上時期の確認(監査法人と連携して確認中)
  • 重要度「低」:契約書管理の属人性(年内に台帳整備を提案)



  1. 今期の監査計画(案)

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橋本が報告書を読みながら言った。


「永田さん、3ヶ月でこれだけ把握してくれたんですね」


「まだ把握できていないことも多いですが、まず現状を整理しました」


「稟議の件は……正直、知らなかった。CFOに指示したけど動いていなかったんですね」


永田は続けた。


「来月の取締役会で、稟議規程の改定案を議題として上程することを提案します。ルールの問題ではなく、現場の文化の問題なので、取締役会で正式に議論する必要があります」


橋本は少し間を置いてから言った。


「分かりました。やりましょう」


報告が終わった後、橋本が言った。


「永田さん、率直に言うと、就任前は監査役って何をする人なのか正直よく分かっていなかったんです。でもこの3ヶ月で、こういうことをする人だと分かった」


「どういうことをする人だと思いましたか」


橋本は少し考えてから言った。


「私が見えていないことを見てくれる人。それが監査役なんだと思いました」


「私が見えていないことを見てくれる人」


これが、永田が3ヶ月間で作り上げた、社長との関係の定義だった。

3ヶ月後の夜—ノートに書いたこと

その夜、永田はノートを開いた。


【就任から3ヶ月で分かったこと】


①往査は「書類を確認する」のではなく「現場で聞く」こと

 → 阿部さんの「急ぎのときは先に発注してから」という一言が全てだった


②調書に書くことで、気になった「感覚」が「記録された事実」になる

 → 書かなければ存在しないのと同じ


③「確認させてください」の一言が、取締役会を動かす

 → IT投資の件。批判でも反論でもなく、確認。それだけで十分だった


④監査法人との「非公式な共有」が三様監査の本質

 → 今村さんが「まだ確認中だが共有したい」と言ってくれた


⑤社長に「伝える」ことは、3ヶ月かけて「関係を作る」ことでもある

 →「私が見えていないことを見てくれる人」という言葉が


 これからの自分の仕事の定義になった


【3ヶ月でできなかったこと】


  1.  稟議規程の改定(まだ取締役会への上程も終わっていない)
  2.  売上計上の問題の決着(監査法人と継続確認中)
  3.  内部監査担当者との関係構築(まだほぼ話せていない)


【来月から始めること】


①取締役会で稟議規程の改定を議題として上程する

②内部監査担当者と月1回の面談を設定する

③高橋さんへの中間報告を行う


書き終えて、永田は窓の外を見た。

3ヶ月前、この部屋に入ったとき、「何から始めるか」が全く分からなかった。今は違う。


次に何をすべきかが、見えている。それだけで十分だ、と永田は思った。

永田の3ヶ月を振り返ると、以下の5つの「最初」が積み重なっていた。

時期

第1週


 第3週

 第5週

 第7週

 第12週

【最初の経験】 

議事録で「全員一致・即時承認」の違和感

 
最初の往査で「後付け稟議」を発見

社長への最初の報告

取締役会での最初の発言

社長に「3ヶ月の整理」を報告

【永田が感じたこと】

「実態と記録が違うかもしれない」


「往査とは現場で聞くことだ」

 「伝えることで事実が動く
 

「確認の一言で取締役会が変わる」

 「見えていないことを見る人」という定義を得た 

永田の3か月間

  •  「何をすればいいか」という問いから始まった3ヶ月は、「私が何をする人か」という答えで終わった。


  • 監査役として「立つ」とは、自分の役割を自分の言葉で定義できるようになることかもしれない。


本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。 特定の企業・個人を指すものではありません。 

第2部:仮設ストーリー編②

「監査役って、何をする人ですか」

―就任から3ヶ月で、社内に「居場所」ができるまで

※本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。特定の企業・個人を指すものではありません。

【監査役の仕事を、社内に伝える】

【4月1日、就任初日】

辞令を受け取って監査役室に入った瞬間、中田みちこは気づいた。

(誰も来ない)

社長の藤川は「よろしくお願いします」と言って部屋に戻っていった。
CFOの山本は「何かあれば声をかけてください」と言って歩いていった。
廊下を通りかかった社員は、中田のことをちらりと見て、目をそらした。

監査役室の前を通るとき、小声で「誰あの人」と言っているのが聞こえた。

(そうか。誰も、私のことを知らないのか)

中田は52歳。元大手商社の法務部門出身。
監査役の経験はこれが初めてだ。

最初の1週間—「そもそも何者か」問題

就任から3日後、廊下で経理担当の若手社員・松村(24歳)とすれ違った。

中田が「おはようございます」と声をかけると、松村は少し驚いた顔をした後、「あ、おはようございます」と答えて足早に通り過ぎた。

その夜、中田は考えた。

(このままでは、往査に行っても「何しに来た人か分からない人が来た」という扱いになる)

(監査役として機能するには、まず「私は何をする人か」を知ってもらう必要がある)

翌日、中田はノートに書いた。

就任1ヶ月以内にやること:社内への「自己紹介」】

①社長との個別面談(1週間以内)
→監査役の役割を説明し、関係の作り方を決める

②役員会での自己紹介(2週間以内)
→取締役全員に役割を説明する

③全社員への挨拶文(1ヶ月以内)
→社内メールで配布する

④往査時の「最初の一言」を準備する
→「問題を探しに来たのではない」という言い方を決める。

社長との最初の「本音の面談」

就任4日目、中田は藤川社長に個別面談を申し入れた。

「30分だけお時間をいただけますか。監査役の仕事について、社長に確認したいことがあります」

藤川は快諾し、面談が始まった。

中田が最初に聞いた。

「藤川さん、正直に教えてください。監査役に何を期待していますか」

藤川は少し考えてから言った。

「……正直に言うと、IPOに必要だから置くということは分かっています。ただ、具体的に何をしてもらうかは、あまり考えていなかったです」

「IPOに必要だから」——これが率直な答えだった。

中田は答えた。

「ありがとうございます。正直に話してくださって。私から説明させてください」

中田は3分間で、監査役の役割を説明した。

「取締役の職務執行を監査する」という法的な役割ではなく、もっとシンプルな言葉で。

「一言で言えば、藤川さんが見えていないリスクを見つけて、会社が転ばないようにする役割です。問題を外部に暴露するのではなく、内部で早期に発見して、内部で解決することが仕事です」

「藤川さんはこれからも前を見て走ってください。私は後ろと横を見て、転びそうなところを教えます」

藤川が少し考えてから言った。

「……それは分かりやすいです。では、具体的に私に何をしてもらえばいいですか」

「一つお願いがあります。毎月1回、30分の面談の時間をください。監査の状況を報告するとともに、経営の課題を私にも教えてください。私が把握していないことを把握している社長と、私が気づいていることを気づいていない社長が、一緒に考えると、見えないものが見えてきます」

藤川は頷いた。

「分かりました。毎月第2木曜日の午後はどうですか」

月次の定期面談が決まった。

【監査役の仕事を、社内に伝える】

役員会での自己紹介—「ちょっと緊張した」

就任10日後、月次の役員会議が開かれた。

議題の最初に「新任監査役からの挨拶」が設けられた。中田は5分間の時間をもらった。

用意してきた言葉は、こうだった。

「中田みちこと申します。元大手商社の法務部門出身で、30年間、法的なリスク管理に携わってきました」

「監査役の仕事について、正直に申し上げます。私は皆さんの仕事を邪魔しに来たのではありません。問題を探しに来たのでもありません」

「私の役割は、業務の中で気づきにくいリスクを確認し、それを早期に解決する仕組みを一緒に作ることです」

「特に皆さんにお願いしたいことが一つあります。往査でお伺いするとき、資料の提供にご協力ください。また、何か判断に迷うことがあれば、相談していただけると嬉しいです。私は各部門の皆さんにとって、相談できる存在でありたいと思っています」

5分間のスピーチが終わった。役員たちの反応は、薄かった。

営業部長の野田は「分かりました」と短く言った。
技術担当の桑田は何も言わなかった。
CFOの山本は「よろしくお願いします」と言った。

(刺さらなかった)

中田はそう感じた。

しかし後で分かるが、「刺さっていなかった」のは最初だけだった。

【監査役の仕事を、社内に伝える】

全社員への挨拶文—「届いたのか届いていないのか」】

就任から3週間後、中田は全社員への挨拶文を社内メールで配信した。

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件名:監査役に就任しました—中田みちこより

社員の皆さん

このたび常勤監査役に就任しました中田みちこと申します。
監査役の仕事を一言で言えば、「会社が正しく機能しているかを確認する人」です。

不正を探すのではなく、皆さんの業務がスムーズに、かつ正しく行われているかを確認させていただく役割です。

これから定期的に各部門を訪問させていただきます。その際は、業務の邪魔をしないよう配慮しますが、ご協力をよろしくお願いします。

もし業務で困っていること、おかしいと感じること、相談したいことがあれば、いつでも声をかけてください。

監査役室は3階の305号室です。

中田みちこ

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メールを送信した後、反応を待った。

返信は、2件来た。

CFOの山本からは「よろしくお願いします」という一言。

もう1件は、経理部門の古参社員・増田からだった。

「中田監査役、メールありがとうございます。実は以前から気になっていることがあります。経費精算のプロセスについて、少し相談できますか」

(来た)

【監査役の仕事を、社内に伝える】

【増田との面談—「最初の「困りごと」」

増田は入社12年のベテランだった。
監査役室に来た増田は、最初は少し緊張していた。

「メールを見て……相談してもいいのかと思って」

「もちろんです。教えてください」

増田が話し始めた内容はこうだった。

経費精算のシステムで、領収書の添付が必須になっているにもかかわらず、一部の上長が「後で添付する」と言って承認してしまうケースが常態化しているという話だった。

「ルール上はダメなんですが、上の人がやるので」

「私が言うと角が立つので」

「でもこのまま続くのも……」

増田は12年間、「おかしいと思いながら言えなかった」ことを、今日初めて誰かに話した。

中田は最後まで聞いた後、こう言った。

「増田さん、話してくれてありがとうございます。これは増田さんの問題ではなくて、仕組みの問題です。仕組みを直す話として、私が対応します。増田さんが言ったということは、関係者には伝えません」

増田が少しだけ表情を緩めた。

「……良かった。ずっと気になっていたので」

この面談が、中田の「最初の往査」より価値のある情報をもたらした。
挨拶メールを送ったことで、現場の「困りごと」が届いた。

【監査役の仕事を、社内に伝える】

最初の往査—「何しに来たんですか」】

就任から1ヶ月後、最初の往査を営業部門で実施した。
担当者の一人、入社2年目の佐々木(25歳)に、こう話しかけた。

「佐々木さん、今日は業務の確認にうかがいました。問題を探しに来たのではないので、安心してください。日頃の業務で困っていることや、改善できそうなことがあれば、ぜひ教えてください」

佐々木は少し考えてから言った。

「あの……一つ聞いてもいいですか」

「どうぞ」

「監査役って、何をする人なんですか」

(来た。この質問)

中田は笑顔で答えた。

「良い質問です。一言で言うと、会社が転ばないように、後ろと横を見る人です。社長は前を向いて走っています。私は転びそうなところを見て教える役割です」

「じゃあ、私たちの仕事を見るのも、その一環ですか」

「そうです。皆さんが正しく働けているか、困っていないか、仕組みに問題がないかを確認させていただいています」

佐々木が少し安堵した顔をした。

「なんか、怖い人が来たって思ってました」

「怖くないです。むしろ相談できる存在でいたいと思っています」

この会話が、その後の往査の雰囲気を変えた。

【監査役の仕事を、社内に伝える】

「分かってもらえていない」と感じた日】

就任から2ヶ月後、中田はある取締役会で苦い経験をした。議題の一つに「新規取引先との大型契約の承認」があった。
資料を見ると、相手先の与信確認が行われていないことに気づいた。

中田は手を挙げた。

「相手先の与信確認について確認させてください。財務状況の確認は行われていますか」

営業部長の野田が少し面倒くさそうに答えた。

「先方は有名な会社ですから、問題ないと思います」

「有名であることと、与信上の問題がないことは別です。一週間だけいただいて、基本的な財務確認をしてから承認することを提案します」

野田は「また監査役が」という顔をした。

承認は1週間延期された。
取締役会が終わった後、廊下で野田とすれ違ったとき、野田は目をそらした。

(うまくいっていない)

中田はその夜、考えた。

「発言は正しかった。しかし、野田さんとの関係が良くない」

問題は発言の内容ではなく、関係の質だ。

【監査役の仕事を、社内に伝える】

【野田部長との個別面談—「変えた伝え方」】

翌週、中田は野田に個別で声をかけた。

「少しよろしいですか。先週の件について、フォローしたいことがあって」

野田が警戒した顔をした。

会議室で二人になった後、中田は言った。

「野田さん、先週の取締役会で承認を1週間延期することを求めました。営業の現場から見れば、余計なことをされたと感じたかもしれません」

野田は少し驚いた顔をした。

「……まあ、そうは思いましたが」

「私がなぜあの確認を求めたか、説明させてください。与信確認なしに大型契約を承認した場合、後から相手先が経営困難になったときに、売掛金が回収できなくなるリスクがあります。その損失が発生した場合、承認した取締役として説明責任を問われる可能性があります。私はその責任から野田さんを守りたくて言いました」

野田が少し表情を変えた。

「……私を守るために、ですか」

「はい。監査役の確認は、取締役の判断に記録を残すためでもあります。与信確認を経て承認した、という記録があれば、後から問題が生じたときに『適切な判断をした』という証拠になります」

野田はしばらく考えてから言った。

「そういう見方があるんですね。知らなかった」

「これからも往査や取締役会で確認させていただくことがあります。批判しているのではなく、一緒に記録を作っているのだと思っていただければ」

野田が初めて、柔らかい顔をした。

「……分かりました。次回から、与信確認は先にやっておきます」

これが「伝え方を変えた」最初の経験だった。

【監査役の仕事を、社内に伝える】

【3ヶ月目の変化—「話しかけられるようになった」】

就任から3ヶ月が経ったころ、変化が起き始めた。

【変化①:廊下で声をかけられるようになった】

経理の増田が廊下で

「中田さん、先日の経費精算の件、改善されましたよ」

と報告しに来た。

営業の佐々木が

「先週、契約書の確認の仕方で迷ったことがあって、教えてもらえますか」

と聞いてきた。

【変化②:往査の質が上がった】

2ヶ月目の往査では、担当者が最初から
「実はこういうことが気になっていて」
と話し始めるようになった。

「監査役に話していい雰囲気」が、少しずつできていた。

【変化③:野田部長の態度が変わった】

3ヶ月目の取締役会で、野田が中田に先に声をかけてきた。

「中田さん、今日の議題に新規取引先があります。事前に与信確認の資料を用意しておきました」

事前に用意していた——。

「監査役に確認されるから準備する」という行動が生まれていた。

【監査役の仕事を、社内に伝える】

【3ヶ月目の取締役会後—佐藤CTOとの会話】

取締役会が終わった後、CTOの桑田が声をかけてきた。就任以来、ほとんど話したことがなかった人物だ。

「中田さん、少しよろしいですか」

会議室で向かい合った。

桑田が言った。

「実は、セキュリティについて相談があって」

「どうぞ」

「うちのシステムへのアクセス権限の管理が、ちゃんとできていない気がしていて。でも社長に言うと予算の話になって、技術的なリスクの話として聞いてもらいにくくて」

「中田さんに相談すれば、取締役会に上げてもらえるかと思って」

(CTOが私に相談しに来た)

これは、3ヶ月前には想像できなかったことだ。

中田は答えた。

「もちろんです。詳しく教えてください。リスクの内容と影響を一緒に整理して、次の取締役会で議題として上程しましょう」

「相談できる存在」という認識が、社内に根付き始めていた。

【監査役の仕事を、社内に伝える】

【就任3ヶ月後の夜—ノートに書いたこと

その夜、中田はノートを開いた。

【3ヶ月で「伝えること」ができたこと・できなかったこと】

【できたこと】

  1. 社長との月次面談の設定(「後ろと横を見る人」という説明が効いた)
  2. 全社員への挨拶メール(増田さんから最初の相談が来た)
  3. 往査の最初の一言を工夫した

  →「問題を探しに来たのではない」という言い方で雰囲気が変わった
4.野田部長への「伝え方を変えた」アプローチ
  →「あなたを守るために言っている」という視点が関係を変えた

【できなかったこと】

1.役員会での自己紹介スピーチは「刺さらなかった」
  →5分間の一方的な説明では伝わりにくい
  →個別で話す機会を作った方が効果的だった

2.全社員へのメールは反応が薄かった
  →2件しか返信がなかった
  →メールだけでは伝わらない。顔を見せながら伝える必要がある

【学んだこと】

「監査役の仕事を伝える」ことは、1回の説明で終わらない。
往査のたびに、取締役会のたびに、廊下で会うたびに少しずつ伝えていく地道な作業だ。

3ヶ月で「話しかけられる監査役」になれた。
これが、最初の3ヶ月の最大の成果だ。

【監査役の仕事を、社内に伝える】

【藤川社長からの言葉】

3ヶ月後の定期面談で3ヶ月目の定期面談で、藤川社長が言った。

「中田さん、最近、社員から『監査役さんに相談した』って話を聞くようになりました」

「増田さんや佐々木さんから聞きましたか」

「ええ。野田も最近、与信確認を事前に用意するようになって。あれは中田さんのおかげですよね」

中田は答えた。

「野田さんが動いてくれたからです。私は理由を説明しただけです」

藤川が少し真剣な顔になった。

「中田さん、就任のときに『後ろと横を見る人』と言っていたでしょう。最近、それが分かってきた気がします」

「どういうことですか」

「私は前を向いて走ることしか考えていなかった。でも中田さんが来てから、社内の人たちが『後ろと横も見ながら動く』ようになってきた気がします」

中田はしばらく考えてから答えた。

「それは、社長と社員の皆さんが変わったんだと思います。私は、変わるための理由を説明しただけです」

藤川が笑った。

「謙遜しすぎですよ。でも中田さんが言う通りかもしれない。変わったのは、うちの会社だ」

このストーリーのまとめ

中田が3ヶ月間でやった「伝えること」を整理します。

【相手】
社長


役員(野田部長)


 役員(桑田CTO)


全社員

 担当者(佐々木)

【やったこと】

個別面談で「後ろと横を見る人」と説明・月次面談を設定

個別で「あなたを守るために言った」と説明

 

面談でアクセス権限の問題を相談に来た

 挨拶メールを配信

 
往査の最初に「問題を探しに来たのではない」と伝えた

何が変わったか

月次で情報共有する関係が生まれた

 
与信確認を事前に用意するようになった

「相談できる監査役」として認識された

増田さんから最初の相談が届いた

警戒が解けて情報を話してくれるようになった

【監査役の仕事を、社内に伝える】

「伝えること」は一回で終わらない。


取締役会での発言のたびに。
廊下での会話のたびに。
往査のたびに。


その積み重ねが、「監査役がいる会社」という文化を少しずつ作っていく。


中田の3ヶ月は、その「積み重ね」の最初の3ヶ月だった。


本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。 特定の企業・個人を指すものではありません。


出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)

1.監査計画の立て方

「何を、どの順番で、どのくらいの頻度で確認するか」を設計する
監査役初心者向け・解説編


【はじめに—「監査計画」は何のためにあるか】

監査役に就任すると、「監査計画を作ってください」と言われることがあります。

しかし初心者監査役には、こういう疑問が生まれます。

「監査計画って、何を書けばいいのか」

「1年間でどれだけ確認すればいいのか」

「計画通りにできなかったら、どうなるのか」

まず、監査計画の目的を明確にしておきます。
監査計画は「計画通りに全部やること」が目的ではありません。

監査計画の本当の目的は3つです。

①「何を重視して監査するか」を自分で整理するため 全部を均等に見ることはできません。リスクが高い領域に集中するための「選択と集中」の設計図です。

②「やったこと・やっていないこと」を記録するため 上場審査で「どういう監査をしましたか」と聞かれたとき、計画と実績を示すことができます。

③「主幹事証券・監査法人と方針を共有するため 三様監査の連携では、監査計画を共有することで「誰がどこを見るか」の重複と空白を防ぎます。

1.監査計画の立て方

【監査計画の全体像】

年間監査計画の構成要素
監査計画は、以下の5つの要素で構成されます。

【年間監査計画の構成】

1. 監査の基本方針
   (今期、特に重視する領域とその理由)

2. 往査計画
   (どの部門を、いつ、何を確認するか)

3. 取締役会・監査役会の参加計画
   (出席予定と確認事項)

4. 三様監査の連携計画
   (監査法人・内部監査との連携スケジュール)

5. 重点確認事項
   (今期特に確認が必要な論点のリスト)

1.監査計画の立て方

【ステップ①:監査の基本方針を決める】

「今期、何に集中するか」を決める
監査計画の出発点は「今期の基本方針」を1〜2行で書くことです。

書き方の例:

【監査の基本方針(例)】

N-2期の監査においては、上場申請に向けた内部管理体制の整備状況を中心的な確認対象とし、特に以下の領域に重点を置く。

①稟議プロセスの実態(書類上の承認と現場の実態の乖離)

②売上計上基準の遵守状況

③労務管理の実態把握

この「基本方針」を先に決めることで、往査の優先順位が自然と決まります。
「基本方針」を決めるための4つのインプット
基本方針は「思いつき」で書くのではなく、4つの情報をもとに決めます。

インプット①:前期の発見事項・引き継ぎ事項

前任の監査役がいた場合は、前期の調書を確認してください。

「前期に指摘したが改善されていない問題」は、今期の重点確認事項になります。

インプット②:主幹事証券からの指摘事項

主幹事証券が「審査上の課題」として挙げている事項は、監査計画の重点事項と連動させる必要があります。

就任初期に主幹事証券のH氏に「今期の重点確認領域についてのアドバイス」を求めることを推奨します。

インプット③:往査の初回確認で把握した実態

就任後1〜2ヶ月の往査(または書類確認)で把握した「気になる点」をリストアップします。

このリストが「重点確認事項」の素案になります。

【会社のステージ】-----【特に注意すべき領域

  • N-3期(申請3年前): 基本的な規程の整備・稟議プロセスの実態 
  • N-2期(申請2年前): 内部統制の整備・関連当事者取引の確認 
  • N-1期(申請1年前): 財務報告の正確性・三様監査の記録 
  • N期(申請期): 記録の整合性・開示情報との一致確認 

1.監査計画の立て方

【ステップ②:往査計画を設計する】

往査の対象部門を決める。
往査とは「各部門を訪問して、業務の実態を確認すること」です。
会社の全部門を対象とします。

ただし「全部門を同じ頻度・同じ深さで確認する」のではなく、リスクに応じて頻度と深さを変えます。

リスクベースの往査頻度の設計
往査の頻度は「部門のリスクの高さ」によって決めます。

【リスクが高い部門 (四半期に1回以上)


(部門): --(リスクの内容)
 経理・財務 : 財務報告の正確性・不正経理のリスク
 営業 : 売上計上時期・契約内容の適正性
 購買・調達 : 発注プロセス・関連当事者取引のリスク

 【リスクが中程度の部門(半期に1回)】
 
(部門):---(リスクの内容)
人事・労務: 労働基準法の遵守・残業実態
情報システム: セキュリティ・アクセス権限管理
法務: 契約書管理・許認可の維持

【リスクが低い部門(年に1回)】

(部門):---(リスクの内容)
総務・庶務: 備品管理・経費精算 
マーケティング: 広告費の管理・外注先管理

1.監査計画の立て方

【往査1回あたりの「確認事項の設計」】

各部門の往査では、事前に「何を確認するか」の項目リストを作ります。
以下は経理部門の往査チェックリストのサンプルです。

【経理部門 往査チェックリスト】

□ 月次の支払明細を閲覧する

□ 稟議書の発行日と発注日を突合する(サンプリング20件)

□ 関連当事者への支払いがないか確認する

□ 新規の取引先が増えていないか確認する

□ 仮払いの残高と清算状況を確認する

□ 経費精算の承認ルートが規程通りか確認する

□ 担当者へのヒアリング

  →「業務で困っていることはあるか」
  →「規程と実態に乖離していることはないか」

1.監査計画の立て方

【ステップ③:取締役会・監査役会の年間計画を作る】

【取締役会への参加】

監査役は全ての取締役会に出席します(これは義務に近い実務慣行です)。

年間の取締役会の開催スケジュールを把握し、監査計画に組み込みます。

【監査役会の開催計画】

監査役会(常勤監査役+社外監査役の合同会議)は、法律上少なくとも3ヶ月に1回開催する必要があります(会社法410条)。

【監査役会の年間計画例】

第1回:4月(今期の監査計画の承認)
第2回:7月(第1四半期の監査状況の共有)
第3回:10月(第2四半期の監査状況の共有)
第4回:1月(第3四半期の監査状況・年間の総括)
臨時:必要に応じて随時

【監査役会で審議・報告すべき内容】

(回) --------(主な内容) 

4月(第1回):年間監査計画の承認・前期からの引き継ぎ事項
 7月(第2回): 往査状況の報告・発見事項の共有・計画の修正 
10月(第3回): 往査状況の報告・三様監査の連携状況 
1月(第4回): 年間総括・監査報告書の草案確認 

1.監査計画の立て方

【ステップ④:三様監査の連携計画を組み込む】

監査法人との連携

【監査法人との年間連携計画】

・四半期連携会合:年4回(Q1〜Q4の期末後1ヶ月以内)

・非公式な情報共有:随時(メール・電話)

・年間監査計画の共有:年度開始時に計画を提示し、

  監査法人の重点確認領域と調整する

内部監査との連携

【内部監査との年間連携計画】

・月次面談:毎月1回(今月の確認事項と報告)

・往査の役割分担の確認:四半期ごとに調整

・発見事項の共有:随時

三様監査の「空白と重複」を防ぐ

連携計画のポイントは「誰がどこを見るか」の空白と重複を防ぐことです。

【確認領域の分担整理の例】

経理・財務:

  監査役 → 稟議プロセス・関連当事者取引

  監査法人 → 財務数値の正確性・収益認識

  内部監査 → 経費精算の手続き・現金管理

営業:

  監査役 → 契約書管理・顧客対応のコンプライアンス

  監査法人 → 売上計上基準の適用

  内部監査 → 発注プロセス・見積もりの適正性

1.監査計画の立て方

【ステップ⑤:重点確認事項をリストアップする】

「今期ここだけは確認する」リスト
年間を通じて「特に確認が必要な論点」を明示的にリストアップします。

【今期の重点確認事項(例:N-2期)】

優先度「高」:

① 稟議規程の改定と運用実態の確認

  →後付け稟議の根絶が今期の最重点課題  

② 売上計上基準の文書化と遵守確認

  →月末売上集中パターンの原因確認  

③ 労働時間管理の実態把握

  →タイムカードと実際の退社時刻の乖離確認

優先度「中」:

④ 関連当事者取引のリスト更新

  →役員の近親者が代表を務める取引先の確認

⑤ 契約書管理台帳の整備状況確認

  →法務担当者との連携

優先度「低」(継続観察):

⑥ 在庫管理の実地棚卸しの実施確認

【監査計画の「実際の書き方」】

形式はシンプルで構わない
初心者監査役の監査計画は、精緻である必要はありません。

以下のような「1ページの監査計画」で十分です。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

○年度 年間監査計画

作成:常勤監査役 ○○○○

作成日:○年○月○日

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【1. 基本方針】

今期は上場申請に向け、内部管理体制の整備状況を

中心的な確認対象とする。特に稟議プロセス・

売上計上基準・労務管理を重点領域とする。

【2. 往査計画】

(部門別・頻度の表を記載)

【3. 取締役会・監査役会参加計画】

取締役会:全回参加(月1回)

監査役会:年4回開催(4月・7月・10月・1月)

【4. 三様監査連携計画】

監査法人との四半期連携会合:年4回

内部監査との月次面談:月1回

【5. 重点確認事項】

(優先度別リストを記載)

【6. この計画について】

本計画は期中の発見事項に応じて随時修正する。

修正の際は監査役会に報告する。

【監査計画に関する「よくある疑問」】 

Q:計画通りにできなかったら問題になるか

A:問題になりません。
ただし、計画と実績の乖離とその理由を記録しておくことが必要です。

「計画していた往査ができなかった理由」「代わりに何を確認したか」を調書に残すことで、「計画はしていたが事情があって変更した」という説明ができます。

Q:監査計画はいつまでに作るべきか

A:就任後2〜3ヶ月以内を目安にしてください。

最初の1ヶ月は「会社の実態把握」に集中し、2ヶ月目以降に計画を作るという流れが現実的です。

「就任初日に完璧な計画を作る」ことはできません。実態を把握してから作る計画の方が、有意義な計画になります。

Q:社外監査役と「同じ計画」でいいのか

A:監査役会として「共通の計画」を作り、常勤監査役が実施する部分と社外監査役が担当する部分を分けます。

常勤監査役は「往査・日常的な確認」を主に担当し、社外監査役は「取締役会での発言・専門知識を活かした確認」を担当するという分担が一般的です。

Q:主幹事証券に計画を見せる必要があるか

A:積極的に見せることをお勧めします。

主幹事証券は「審査上の課題」を把握しています。計画を見せることで「この観点が抜けている」というフィードバックをもらえます。また、計画を共有することで「監査役が体系的に監査している」という証拠にもなります。

1.監査計画の立て方

【監査計画を作り終えた後にやること】

監査計画を作成したら、以下の3点を実施してください。

①監査役会で承認を受ける

社外監査役が参加する監査役会で計画を承認してもらいます。「監査役会として合意した計画」にすることで、計画の実施が「監査役全員の方針」になります。

②主幹事証券と監査法人に共有する

三様監査の連携のために、計画を共有します。「今期の監査役の重点領域」を知ってもらうことで、重複と空白を防げます。

③調書に計画書を保存する

監査計画書そのものを監査調書として保存します。後から「どういう計画で監査していたか」を示す記録になります。


1.監査計画の立て方

【まとめ—監査計画を作る前と作った後】

監査計画を作ることで、監査役の仕事に「軸」が生まれます。

計画を作る前:

「今日は何を確認すればいいか」が毎回その場で決まる
往査のたびに「何のために来たか」が不明確
1年間を振り返っても「何をしたか」が分からない

計画を作った後:

「今期はこれを確認する」という軸がある
往査の目的が明確になり、担当者にも説明できる
1年間の記録を計画と対照して「やったこと・できなかったこと」が整理できる

「完璧な計画」より「実態に合った計画」が重要です。

最初の計画はシンプルで構いません。1年後の自分が見たとき「この計画に沿って動いていた」と分かる計画であれば、十分です。

*より詳しい「監査計画の解説」はこちら

出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)

 2.「取締役会に初めて出席する日」

 「何を見ればいいのか」から「見えるものが増えた」まで

解説編+仮設ストーリー編の2部構成


【第1部:解説編】

取締役会は「監査役の主戦場」
監査役にとって、取締役会は最も重要な場です。

しかし初めて出席する日、多くの監査役はこう感じます。

「何を見ればいいのか、全く分からない」

議事が進む中で、何かを確認しなければならない気がする。しかし何を確認すればいいのか分からない。気づけば議事が終わっている。


この記事は「取締役会で何を見るか」「どう記録するか」「いつ発言するか」を、初めて出席する監査役向けに整理したものです。

事前準備——「当日の5分前」では遅い
議題の事前確認
取締役会の招集通知と資料は、開催の3日前以上に入手することを原則としてください。

資料を受け取ったら、以下の確認を行います。

事前確認リスト

確認項目】

 議題の全体像を把握する

 金額の大きい案件を特定する

 関連当事者が関係する案件を特定する

 前回からの継続案件を確認する

 資料で「根拠が薄い」箇所を探す

確認の目的】

 当日、どの議題に注意を集中するかを決める

 承認額・投資額・損失額が大きいものは要確認

 役員・大株主・その家族が関係する取引は要確認

 前回「確認中」とされた事項のフォローアップ


 数値の根拠・承認の理由が書かれていない箇所

 2.「取締役会に初めて出席する日」

【 「この取締役会で確認したいこと」を1〜2点決めておく】

事前準備の最後に、「今日の取締役会で自分が確認したいこと」を1〜2点だけ決めておきます。

全部確認しようとすると、全部中途半端になります。「今日はこれだけは確認する」という1点を決めることが、初心者の最初のステップです。

 2.「取締役会に初めて出席する日」_【 当日—「見ること」と「記録すること」】

席での姿勢
監査役の席は、一般的に取締役会の末席(上座から遠い側)になることが多いです。

しかし席の位置に関わらず、「全員の顔と反応が見える場所」に座ることを意識してください。

誰が発言したとき誰の表情が変わるか。誰が目を伏せるか。誰が発言しないか。

これらは書類には書かれていない「生きた情報」です。

「何を見るか」——4つの観点
取締役会で監査役として見るべきことは、大きく4つです。

観点①:審議の実質性

「この議題は実質的に審議されているか、それとも形式的に承認されているだけか」

【チェックポイント

  1. 説明者以外から質問・意見が出ているか
  2. 資料の内容について具体的な議論があるか
  3. 「全員一致・即座承認」が毎回続いていないか



観点②:意思決定の根拠

「この決定には合理的な根拠があるか」

【チェックポイント

  1. 金額の根拠が示されているか
  2. リスクの説明があるか
  3. 代替案の検討があったか



観点③:情報の非対称性

「一部の人だけが情報を持っていて、他の人は知らないという状況はないか」

【チェックポイント】

特定の取締役だけが詳細を知っていて、他は概要しか知らないケース
社長が説明している内容に、他の取締役が「初めて聞いた」という反応をしているケース


観点④:議事録との整合性

「この後に作られる議事録に、今の審議の実態が反映されるか」


  1. 議事録は「全員一致で承認」という記録だけでいい内容ではありません。審議の経過・出た意見・懸念・条件——これらが記録されることで、取締役会の実効性が示されます。
  2. 記録の取り方


取締役会での記録は、以下の内容を含めてください。

-------------------------------------------------------------------

【取締役会 監査メモ(例)】

日時:○年○月○日

出席者:取締役○名・監査役(自分)

欠席者:なし

議題①:○○の承認

→ ポイント:財務試算なしに承認されようとした

→ 自分の発言:「財務試算を確認させてください」

→ 結果:次回提出することになった

議題②:○○の報告

→ 気になった点:取締役Aだけが詳細を知っていた

→ 追加確認:取締役Aに個別で詳細を確認する

【今日の取締役会の全体評価】

・審議の実質性:△(議題①以外は全て即時承認)

・気になった点:□□

【次回までのフォローアップ】

・議題①の財務試算を次回確認する

-----------------------------------------------------------

 2.「取締役会に初めて出席する日」

 【発言—「いつ・何を・どう言うか」の基本】

最初の取締役会では「1回だけ発言する」を目標にする
初回から積極的に発言しようとすると、「何を言うか」で焦って判断が鈍ります。

最初の取締役会では「1回だけ発言する」という目標を設定してください。
内容は小さなことで構いません。

「確認させてください。この資料の○○という数字の根拠を教えていただけますか」

この一言が、「監査役は発言する人」という存在感を作ります。

「確認させてください」という言い方の力
監査役の発言は「批判」でも「反論」でもなく「確認」という形を取ることが基本です。

  1. 「問題があります」→ 防御的な反応を生む
  2. 「確認させてください」→ 情報を引き出す



「確認させてください」という言い方は、相手を責めずに、欲しい情報を得る最も有効な方法です。

発言のタイミング
発言するタイミングは「議長(社長)が『ご承認いただけますか』と言う直前」が最も有効です。

承認の前に確認を求めることで、「未確認のまま承認された」という状況を防ぎます。

【取締役会後——「すぐにやること」】

 【取締役会が終わった直後に、以下の3つをやります。

当日中にメモを調書に清書する

記憶が鮮明なうちに、当日中に監査調書として残します。

フォローアップ事項を記録する

「次回確認する」「個別で確認する」という事項を、期限と担当者名(自分が確認するのか、誰かに確認してもらうのか)とともに記録します。

気になった点を一晩置いて評価する

取締役会の直後は興奮状態になることもあります。翌朝、冷静な状態で「昨日気になったことは、本当に問題か」を評価し直します。

第2部:仮設ストーリー編

最初の取締役会—全員がうなずく中で、私だけが固まった

 ※本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。特定の企業・個人を指すものではありません。


【前夜—何を持っていけばいいのか】

最初の取締役会は、就任から3週間後に予定されていた。
前夜、谷口正之は監査役室で資料を読み返していた。

51歳。元大手証券会社の企業調査部出身。数字を読むことは得意だ。しかし「取締役会に出席する」という経験は初めてだった。

(何を持っていけばいいのか)

谷口はノートとペンを鞄に入れた。

次に、資料を整理した。

翌日の議題は4つ。月次業績報告・設備投資の承認・新規取引先との契約承認・来期の採用計画。

谷口は各議題に付箋を貼り、気になる点をメモした。

設備投資の議題について、付箋に書いた。

「2,800万円。根拠の試算がない。これは確認が必要」

就寝前、谷口はもう一度ノートを開いた。

「明日の取締役会で確認したいこと」として、一点だけ書いた。

「設備投資の2,800万円について、財務試算を確認する」

仮設例_【 当日—「会議室に入ったとき」】

翌朝、谷口は会議室に10分前に入った。

まだ誰もいなかった。
席が設定されていた。

社長の平井の席は上座の中央。その両側に取締役が並ぶ形で、末席の端に「監査役」と書かれた名前プレートがあった。

谷口は席に着いた。

5分後、取締役たちが入ってきた。

取締役Aが入ってきたとき、谷口に目をやった。「あ、監査役の人か」という顔をして、自分の席に着いた。

社長の平井が最後に入ってきた。

「では始めましょう」

取締役会が始まった。

仮設例_【 最初の30分——「メモが追いつかない」】

【議題①の月次業績報告が始まった。】

CFOが10分間説明した。

谷口は必死にメモを取った。
売上。利益率。前期比。部門別の内訳。

書いても書いても、次の数字が来る。

(メモが追いつかない)

CFOの説明が終わった。

平井が「何かご質問は」と言った。

誰も発言しなかった。

谷口もメモを書き続けていた。

「では次の議題に」——。

(え、もう終わり?)

月次業績について、誰一人質問しなかった。

谷口は自分のメモを見た。「売上:計画比103%」「利益率:前期比▲2%」という数字が書いてあった。

利益率が前期比で下がっている。これは気になったが、発言する間もなかった。

【議題②—「来た」という瞬間】

議題②。設備投資の承認

平井が資料を開いた。

「次は製造ラインの効率化設備への投資です。金額は2,800万円。来月から導入を開始したいと思います」

谷口は資料を確認した。
やはり、財務試算がない。

どのくらい効率化できるのか。投資回収の見込みは何年か。何も書かれていない。

(これだ)

平井が続けた。

「皆さん、いかがでしょうか」

取締役Aがうなずいた。
取締役Bも何も言わなかった。
CFOが「問題ないと思います」と言った。

(このまま承認されてしまう)

谷口は手を挙げた。
会議室の全員の視線が集まった。

(緊張する……)

谷口は声を出した。

「確認させてください。
この設備投資について、投資効果の試算はありますか。どのくらいの期間で投資回収できる見込みか、資料に見当たりませんでした」

平井が少し驚いた顔をした。

CFOが答えた。

「……詳細な試算はまだ作っていないのですが」

谷口は続けた。

「2,800万円の投資を効果試算なしに承認することは、取締役会として適切でしょうか。来月の取締役会で試算を提出していただいた上で、改めて承認いただくことを提案します」

会議室が少し静かになった。

平井が10秒ほど間を置いてから言った。

「……では、来月に試算を持ってきてください」

取締役会が進んだ。

谷口は手が少し震えているのに気づいた。

(言えた)

【議題③と④—「見えてきたもの」】

議題③の新規取引先との契約承認

今度は「発言するかどうか」ではなく「見ること」に集中した。
平井が説明した。

取締役Aがうなずいた。

取締役Bが「先方の信頼性は大丈夫ですか」と聞いた。
平井が「問題ないです」と答えた。

取締役Bは「分かりました」と言って、承認した。

谷口はメモに書いた。

「取締役Bが『先方の信頼性』について質問したが、平井の一言で終わった。具体的な与信確認の結果は示されていない。→要フォローアップ」

【議題④の採用計画】

谷口は採用計画の資料を見ながら、一つ気になった点を見つけた。

採用目標30名のうち、エンジニアが20名。しかし採用担当者は1名しかいない。

(採用担当者1名で20名のエンジニアを採用できるのか)

谷口はメモに書いた。

「採用計画:エンジニア20名の採用目標に対し、採用担当者1名。実行可能性に疑問。→人事部長に個別で確認する」

発言しなかった。

今日の「1回の発言」は設備投資の件で使った。残りは「見て記録する」に集中した。

仮設例_取締役会が終わり、全員が出て行った

 谷口は会議室に一人残って、ノートを整理した。

(今日気になったこと)

①設備投資:来月、試算を確認する
②新規取引先:与信確認の結果を確認する
③採用計画:採用担当者1名でエンジニア20名採用の実行可能性を確認する
④月次業績:利益率が前期比▲2%。次回も続く場合は原因を確認する

その夜、監査役室で谷口は監査調書を書いた。
最初の取締役会の調書は、こうなった。

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【取締役会 監査調書 第1回】

日時:○年○月○日

参加者:平井(社長)、取締役A・B・C(3名)、谷口(監査役)

【議題別の確認事項と評価】

議題①:月次業績報告

・確認した事実:売上計画比103%、利益率前期比▲2%

・気になった点:利益率の低下について誰も質問しなかった

・追加確認:次月も利益率低下が続く場合、原因を確認する

議題②:設備投資の承認(2,800万円)

・発見事項:効果試算なしに承認されようとしていた

・取った行動:「来月試算を提出して改めて承認」を求めた

・結果:来月に延期

・フォローアップ:来月の取締役会で試算を確認する

議題③:新規取引先との契約承認

・気になった点:与信確認の具体的な結果が示されていない

・フォローアップ:CFOに与信確認の状況を個別で確認する

議題④:採用計画

・気になった点:採用担当者1名でエンジニア20名採用の実行可能性

・フォローアップ:人事部長に個別で確認する

【今日の取締役会の全体評価】

・審議の実質性:△

議題②以外は質問・意見なしの即時承認

【今後の改善が必要な点】

取締役が資料を事前に読み込んで質問を準備する文化がない
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仮設例_ 監査役として感じたこと(個人記録)

 初めての発言は緊張したが、「確認させてください」という言い方が有効だった。

・「全員がうなずく中で自分だけが疑問を持つ」という状況が実際に起きた。この状況でも発言できたことは成長の一歩。

書き終えて、谷口はコーヒーを飲んだ。
冷めていた。

(思ったより疲れた)

しかし同時に、(見えるものがある)という感覚もあった。

最初の取締役会で見えたもの。

「全員がうなずく中で、誰も質問しない」という実態。

「効果試算なしに2,800万円の承認がされようとしていた」という事実。

「与信確認の結果が示されていない」という問題。

これらは、取締役会に出席しなければ見えなかったものだ。

仮設例_ 翌月—「変化の兆し」

 翌月の取締役会。

設備投資の議題が再び上程された。今度は、効果試算が添付されていた。

「現在の製造ラインと比較して、年間1,400万円のコスト削減が見込まれます。投資回収は2年以内。」

谷口は資料を確認した。

試算の根拠は簡易的だったが、示されていないよりははるかに良い。

谷口は「確認させてください」と言って、2点の質問をした。

1点目は「この試算の前提になっている稼働率の根拠」

2点目は「設備導入後のメンテナンスコストの見込み」

CFOが答えた後、取締役Bが「それなら問題ないですね」と発言した。

承認された。

取締役会が終わった後、CFOが谷口に声をかけた。

 「谷口さん、先月の指摘があったので、今月は事前に試算を作るようにしました。お手数をかけましたが……確かに必要なことでしたね」

「確かに必要なことでしたね」——

CFOが認めた。

谷口はそれだけで十分だと思った。

仮設例_ 3ヶ月後—「見えるものが増えた」

 就任から3ヶ月、取締役会に3回出席した。
3回を経て、谷口に「見えるようになったもの」があった。

見えるようになったもの①:「誰が資料を読んでいるか」

最初の取締役会では分からなかった。しかし3回出席すると、「事前に資料を読んでいる取締役」と「当日初めて内容を確認している取締役」の違いが分かるようになった。

見えるようになったもの②:「誰が実質的に発言しているか」

3名の取締役のうち、実質的に意見を言っているのは取締役Bだけだった。取締役AとCは、ほぼ発言しない。これは「取締役会の実効性」に関わる問題だ。

見えるようになったもの③:「社長の反応パターン」

平井社長は「数字の根拠」を聞かれると少し表情が固まる。「来月に持ち越し」という言い方は受け入れやすい。「承認できません」という言い方は受け入れにくい。

この「反応パターン」を知ることで、谷口は発言の「言い方」を工夫するようになった。

仮設例_  谷口のノート—「取締役会で学んだこと」

3ヶ月後、谷口はノートに書いた。 

【取締役会で学んだこと—3ヶ月の整理】 

①「1回だけ発言する」という目標が正解だった 
 →最初は「確認させてください」の一言で十分 
 →全部言おうとすると、何も言えなくなる 

②「全員がうなずく中で自分だけが違和感を持つ」は毎回起きる。それが監査役の存在意義 

 →みんなが同じ方向を見ているとき、別の方向を見ているのが監査役の仕事 

③取締役会で発言することより、「取締役会後にフォローアップする」方が実質的な変化につながる。 

 →設備投資の試算提出は、発言より翌月の確認の継続によって実現した

④調書に「今日の取締役会の全体評価」を書くことで、取締役会の実効性の変化が記録として残る。 

 →「全員即時承認」が減ってきたかどうかが、記録として比較できるようになった 

仮設例_このストーリーのまとめ

 取締役会への初出席で、谷口が経験した3つの転換点があります。

転換点①:「何を見るか」から「見えるものが増えた」へ

最初は「何を見ればいいか分からない」状態でした。3回の出席を経て、「誰が資料を読んでいるか」「誰が実質的に発言しているか」「社長の反応パターン」が見えるようになりました。

転換点②:「発言できない」から「1回発言した」へ

最初の取締役会で「今日は1回だけ発言する」という目標を設定したことが、「確認させてください」という一言につながりました。


転換点③:「取締役会内での発言」より「翌月のフォローアップ」が変化をつくった

設備投資の試算が翌月に提出されたのは、谷口が「来月確認する」と記録し、実際に確認し続けたからです。取締役会は「1回限りの場」ではなく「連続する場」として機能します。


本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。特定の企業・個人を指すものではありません。


出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)

これは報告すべきか、迷ったとき

 【全部報告しようとした私」と「何も報告しなかった私」の間にある正解】

解説編+仮設ストーリー編の2部構成

【第1部:解説編】

「報告すべきか」の判断は、監査役が最も迷う場面
往査で気になることを見つけたとき、監査役は必ずこの問いに直面します。

「これは社長に報告すべきか、自分の中にとどめておくべきか」

初心者監査役が陥りがちな2つの極端があります。

極端①:全部報告しようとする

気になることを全て社長に報告しようとすると、社長が「毎回細かいことを言いに来る人」という印象を持ち始めます。重要な報告が「また来た」と流されるようになります。

極端②:確信が持てるまで報告しない

「まだ確認中だから」「証拠が揃っていないから」という理由で報告を先送りしていると、問題が大きくなってから気づくことになります。

正解は「重要度に応じて、適切なタイミングに、適切な相手に報告する」——この判断基準を持つことです。

 「何を・誰に・いつ報告するか」の判断基準

 ステップ①:重要度を判断する

発見した問題の重要度を、以下の4つの軸で評価します。

評価軸】

 金額の規模

 法的リスク

 上場審査への影響

 再発リスク

【高い】

 会社の売上・利益に影響する規模

 法令違反・行政処分の可能性あり

 審査で必ず指摘される問題

仕組みの問題で繰り返す可能性

【低い】
 軽微な金額

 グレーゾーン・慣行的な問題

 審査への影響が軽微

 担当者の一時的なミス

重要度「高」:即時報告(発見した当日〜翌日以内)
重要度「中」:定期報告(月次の社長面談や取締役会で報告)
重要度「低」:継続観察(調書に記録し、繰り返すようであれば報告)

 ステップ②:誰に報告するか

【状況】

 取締役全体の問題・重大なリスク

 特定の部門の問題

 社長または役員自身が当事者の問題

 財務・会計の問題

【報告先】

 社長+取締役会

 担当役員→社長の順

 主幹事証券・監査法人を先に相談してから社長へ


 CFO→社長+監査法人に共有

原則:社長に先に報告する前に、問題の当事者が社長の近くにいる場合は外部専門家に先に相談する。

仮設例_ ステップ③:どう報告するか

 報告の仕方で最も重要なのは「事実」と「評価(意見)」を分けることです。

【事実として伝えること】

  1. いつ・どこで・何を確認したか
  2. 何を発見したか


【評価として伝えること】

  1. これが問題だと考える理由
  2. 上場審査への影響の見込み
  3. 改善の方向性の提案


「これは問題です」という断定ではなく、「このような事実を確認しました。これについて確認をお願いしたいのですが」という言い方が有効です。

仮設例_ 「迷う場面」別の対処法

【 迷い①:「小さすぎる問題かもしれない」

小さな問題を報告することをためらう理由は「大げさに見えないか」という気持ちです。

しかし小さな問題は「報告する・しない」の二択ではなく「調書に記録して継続観察する」という選択肢があります。

記録する→継続観察→同じ問題が繰り返されたら→報告する

「小さなうちに記録しておく」ことが、後から「いつから始まった問題か」を示す証拠になります。

【迷い②:「確信が持てない」】

「確信が持てないから報告しない」という判断は危険です。

【確信がない段階での報告の言い方】

「確認中の事項がありますが、現時点での状況を共有させてください。まだ確定した事実ではないのですが—」

確信がなくても「確認中」として共有することは、後から「知っていたのに言わなかった」という状況を防ぎます。

【迷い③:「社長が嫌がりそう」】

社長が嫌がりそうだから報告しない—これが最も危険な判断です。

「社長が嫌がるかどうか」は報告すべきかどうかの基準にはなりません。

ただし「報告の仕方」は工夫できます。「問題があります」ではなく「審査で聞かれた場合の準備として、確認させてください」という文脈にすることで、社長の防御反応を減らせます。

 第2部:仮設ストーリー編 

「全部言った私」と「何も言わなかった私」 

 ※本ストーリーは実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。特定の企業・個人を指すものではありません。

【第1フェーズ:「全部言いすぎた」月】

就任2ヶ月目
岡田真弓は、その月の社長面談で7つの報告事項を持ってきた。

52歳。元銀行の貸倒管理部門出身。リスクを見つけることには自信がある。

往査で気になったことを全部リストアップしたら、7つになった。

社長の鈴木(42歳)は最初の3つは聞いていたが、4つ目あたりから表情が変わってきた。

5つ目を話しているとき、鈴木が言った。

「岡田さん、全部同じくらいの問題なんですか」

「……それぞれ重要で」

「7つ全部を今月中に直す必要があるんですか」

岡田は答えに詰まった。

正直に言えば「全部が緊急ではない」が、「緊急でないものを報告しに来た」ということにもなる。

面談が終わった後、岡田はノートに書いた。

「7つ持ってきたが、鈴木さんに全部が伝わらなかった。多すぎた」

 仮設ストーリー編 _ 第2フェーズ:「何も言わなかった」月 

 翌月、岡田は「7つも持ってきてはいけない」という反省から、絞り込もうとした。

しかし「どれが重要か」の判断に自信が持てず、結局「確信が持てないから今月は報告しない」という判断になった。

社長面談で、岡田は「特に大きな問題は見つかりませんでした」と報告した。

鈴木が少し拍子抜けした顔をした。

 「そうですか。何もなければ良かったです」

面談が終わった後、岡田はノートを見た。

往査のメモには、3つの「気になること」が書かれていた。

(報告しなかった。でも本当に問題ないのか、まだ分からない)

「報告しすぎた月」の次は「何も報告しなかった月」になってしまった。

 第2部:仮設ストーリー編_ 転換点—主幹事証券との面談

 翌月、主幹事証券のH氏との面談があった。
岡田は2ヶ月間の「報告のブレ」を正直に話した。

 「先月は7つ持っていきすぎて、先々月は何も持っていかなかった。どうすればいいのか分からなくなっています」

H氏が言った。

 「岡田さん、報告を『全部か全部なしか』で考えているから迷うんです。報告には3つのレベルがあります」

H氏は紙に書いた。

【レベルA:今すぐ報告】

  • 法的リスク
  • 財務への重大な影響
  • 上場審査で必ず指摘される問題


【レベルB:定期報告(月次面談で)】

  •  重要だが緊急でない問題
  •  改善を求めたい仕組みの問題


【レベルC:調書に記録して継続観察】

  • 小さな問題
  • 一時的なミスの可能性
  • まだ確信が持てない問題


H氏が続けた。

 「レベルAは月に0〜1件が普通です。毎月7件あるわけがない。もし7件全部がAに見えているなら、判断基準が緩すぎる。レベルCをAと混同している可能性があります」

 「判断の基準は何ですか」

 「シンプルに言えば、『これが後から発覚したとき、なぜ早く報告しなかったのかと問われるか』です。問われる可能性があるものがA。問われないものはBかC」

 第2部:仮設ストーリー編 _「3つのレベル分け」を試した月

 翌月の往査で、岡田は発見事項を3つのレベルに分けることを試みた。

【今月の往査で見つけたこと】

①経費精算で、月に3〜4件、領収書なしで承認されているケースがある(CFO承認済み)

②新規取引先との契約書に、解除条項が含まれていないものが2件ある

③稟議書の日付が発注日より後になっているケースが1件あった

【レベル分け】

①→ レベルB(繰り返す問題だが、CFOが知っている。月次面談で改善を提案する)

②→ レベルB(契約書の問題は重要だが、既存契約なので緊急ではない。今月の面談で確認する)

③→ レベルC(1件のみ。担当者のミスの可能性が高い。継続観察して繰り返すようであればB)

社長面談で、岡田は報告事項を2点に絞った。

①と②をBレベルとして報告し、改善の提案を行った。

③は「継続観察中」とだけ伝えた。

鈴木が今日は最後まで聞いていた。

「この2点、来月までに対応します」

2点の改善確約を得た。

「7つ全部」より「2点に絞った」方が、動いた。

 第2部:仮設ストーリー編_「確信がないまま報告した日」

 翌月、岡田は初めて「確信がないまま報告する」という選択をした。

往査で、営業部門の特定のメンバーが毎月末に売上を大きく積み上げているパターンに気づいた。
不自然なパターンだが、証拠はない。

「確認中だから報告しない」という選択もあった。

しかし岡田はH氏の言葉を思い出した。

「後から発覚したとき、なぜ早く報告しなかったのかと問われるか」

(問われる可能性がある)

岡田は社長面談でこう伝えた。

「確認中の事項があります。まだ事実確認ができていないので断定はできないのですが、現時点での状況を共有させてください」

鈴木が少し表情を引き締めた。
岡田は具体的なパターンを説明した。

鈴木は聞いた後、言った。

「……CFOに調べてもらいます」

2週間後、CFOからの確認で「月末の売上集中」は「計上基準の問題」だったことが分かった。

不正ではなかった。しかし収益認識基準上の問題として是正が必要だった。

岡田は調書に書いた。

「確信がない段階で報告した。結果的に不正ではなかったが、収益認識の問題として是正できた。確信がなくても『確認中』として共有することの意味を実感した」

 第2部:仮設ストーリー編_ 3ヶ月後のノート

3ヶ月間の経験を経て、岡田はノートに整理した。

【「報告すべきか」の判断——自分ルール】

◆ レベルAの判断基準(即時報告)

 「これが後から発覚したとき、なぜ報告しなかったのかと問われるか」

→ YESならA

◆ レベルBの判断基準(月次面談で)

 「重要だが緊急ではない」

 「改善を提案したいが今すぐでなくていい」

◆ レベルCの判断基準(調書に記録して観察)

 「まだ1件のミスかもしれない」

 「小さすぎて社長が判断する必要はない」

 →ただし同じことが繰り返されたらBに上げる

◆ 確信がないときの言い方

 「確認中の事項があります。まだ確定していませんが、現時点の状況を共有させてください」

◆ 最大の学び:

  1. 「全部言う」も「何も言わない」も間違い
  2.  「重要度を判断して、適切な言い方で伝える」


 これが報告の正解

 4.監査法人との最初の面談

 【「何を聞けばいいのか」から「三様監査が動き始めた」まで】

解説編+仮設ストーリー編の2部構成

【第1部:解説編】

「監査法人との面談」—最初は何をすればいいのか
監査役にとって、監査法人は「三様監査」の重要なパートナーです。

しかし初めての面談で、多くの監査役がこう感じます。

「何を聞けばいいのか分からない」

「監査の状況を報告してもらう」だけの場になってしまい、実質的な情報共有ができない—。

この記事は「最初の面談で何を確認するか」「どんな関係を作るか」「三様監査を機能させるための連携の設計」を整理したものです。

 最初の面談で確認する「5つのこと」

 ①担当パートナーと監査チームの構成

 「今後のご担当者を教えてください。パートナー・マネージャー・スタッフの構成と、誰が日常的に会社と連絡を取るかを確認させてください」


なぜ必要か:
「監査法人」として一括りにするのではなく「誰と連絡を取るか」を明確にすることで、日常的な連携が可能になります。

②直近の監査で気になった点

「直近の会計監査で、気になった点・懸念した点はありますか。適正意見を出しているとしても、グレーゾーンとして把握していることがあれば教えてください」

なぜ必要か:
「適正意見=問題なし」ではありません。監査法人が「気になっているが適正意見の範囲内」と判断している点を把握することが、三様監査の出発点です。

③監査役への「非公式な情報共有」の依頼
「正式な監査報告の前段階で、気になることがあれば非公式に連絡していただけますか。私から連絡することもあります。会合を待たずに情報共有できる関係を作りたいと思っています」


なぜ必要か:
「正式な報告だけ」では情報が遅くなります。「気になった段階で共有する」という非公式なチャンネルが、三様監査の実質的な機能を作ります。
④三様監査の連携会合の設計
「四半期に一度、監査役・監査法人・内部監査の三者で情報共有する場を設けたいと思っています。ご参加いただけますか」


なぜ必要か:
 三様監査は「それぞれが独立して監査する」だけでは機能しません。情報が交差する場が必要です。

⑤「監査役として確認すべきことへのアドバイス」を求める
 「私は監査役として就任したばかりです。この会社の現状で、監査役として特に確認すべき領域についてアドバイスをいただけますか」


なぜ必要か: 
監査法人は会社を「外から見た視点」で把握しています。この視点を活用することが、初心者監査役の大きな武器になります。

 連携会合の設計—「報告を聞く場」から「情報が交差する場」へ

【 四半期連携会合の基本構成】

【四半期連携会合の議題構成(推奨)】

参加者:監査役・監査法人担当者・内部監査担当者

場所:社外(会社の外の会議室)

時間:約2時間

①前回の指摘事項のフォローアップ確認(30分)

→「前回気になった点、その後どうなったか」

②各自の発見事項の共有(60分)

→監査役から・監査法人から・内部監査から
→「重なった論点」が出たら深掘りする


③次回の重点確認領域の合意(30分)

→次の四半期で三者が共通して見る部分を決める

「重なった論点」が生まれる会合が「機能している三様監査」

3者が別々の情報を持ち寄り、そこで「私もそれが気になっていた」という重なりが生まれる——これが三様監査が機能している証拠です。

 第2部:仮設ストーリー編_ 「監査法人って、怖いところだと思っていた」

 ※本ストーリーは実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。特定の企業・個人を指すものではありません。


【最初の面談—「格が違う」と感じた日】

就任から1ヶ月後、田村健一は監査法人のパートナーと初めての面談に臨んだ。

53歳。元大手メーカーの経理部門出身。しかし「監査を受ける側」の経験はあっても「監査をする側」は初めてだ。

監査法人の担当パートナーは鷹野(54歳)

白髪混じりの落ち着いた雰囲気で、「長年、多くの上場準備企業を見てきた」という空気を持っていた。

面談が始まった。

鷹野が言った。

「田村さん、三様監査の連携について、どのようなご希望をお持ちですか」

田村は正直に答えた。

「……就任したばかりで、三様監査の具体的なイメージがまだ持てていません。どういう形が望ましいか、教えていただけますか」

鷹野が少し驚いた顔をした。

その後、40分間、鷹野が三様監査の意義と連携の方法を説明してくれた。

田村は必死にメモを取った。
面談が終わった後、田村は思った。

(監査法人って、怖いところだと思っていた。でも話してみたら、教えてくれる人たちだった)

 「非公式な情報共有」が生まれた日

 就任3ヶ月後のある水曜日、田村のスマートフォンに鷹野からメッセージが届いた。

 「田村さん、少し確認したいことがあります。非公式なお話ですが、お時間ありますか」

田村はすぐに折り返した。

鷹野が言った。

 「第2四半期の売上について、1件、計上タイミングが少し気になる案件があります。まだ確認中ですが、事前に田村さんにも状況を共有しておきたくて」

「まだ確認中だが共有したい」—。

田村はこのメッセージの意味を理解した。

正式な指摘の前に、監査役に「知っておいてほしい」という連絡だ。
田村は翌日、CFOに個別で確認した。

問題は結果的に「収益認識の解釈の問題」として整理されたが、早期に把握できたことで、審査前に修正ができた。

田村はその夜、調書に書いた。

「鷹野パートナーからの非公式な情報共有が起点になった。
『会合を待たずに連絡する』という関係が機能した。これが三様監査の実態だ」

 四半期連携会合—「重なった論点」が生まれた日 

 就任5ヶ月後、初めての四半期連携会合が開かれた。
参加者は田村・鷹野・内部監査担当の石田の3名。

議題②「各自の発見事項の共有」で、田村が話した。

 「往査で、購買部門の特定の外注先への発注が集中していることが気になっています。相見積りの取得記録がありませんでした」

石田が反応した。

 「私も購買部門を確認しましたが、発注担当者が特定の外注先の代表者と個人的に親しいという情報を聞いていました。具体的な問題は確認できていないのですが」

鷹野が言った。

 「費用の計上については、私どもも当該外注先への支払いが月末に集中しているパターンに気づいていました」

3つの異なる視点が重なった。

  1. 「発注の集中」
  2. 「担当者と外注先の個人的な関係」
  3. 「月末の支払い集中」


田村が言った。

 「これは個別に見ると小さな引っかかりですが、3つが重なると確認が必要な状況ですね。次回の往査で、発注書と検収書の突合を重点的に確認します」

「重なった論点」が生まれた瞬間だった。

 田村のノート—「監査法人との連携で学んだこと」

 【監査法人との連携—学んだこと】

①「適正意見=問題なし」ではない

 →「気になっているが範囲内」というグレーゾーンを共有してもらうことが大事。

②「会合を待たずに連絡する」関係を作る

 →鷹野パートナーが「非公式に共有したい」と連絡してくれた。この関係があったから早期対応できた


③三様監査の連携会合では「重なった論点」を作ることを意識する

 →田村・石田・鷹野の3つの視点が重なって購買部門の問題が見えてきた。


④「最初の面談で教えてもらうこと」をためらわない

 →「分からないから教えてください」という姿勢が鷹野パートナーとの関係を作った出発点だった。

5.内部監査担当者との関係構築

 【「報告してもらう関係」から「一緒に動く関係」へ】

解説編+仮設ストーリー編の2部構成

【第1部:解説編】

内部監査担当者は「監査役の最も近い仲間」
三様監査の3者の中で、監査役と最も日常的に連携するのは内部監査担当者です。

しかしIPO準備企業では、内部監査担当者が「経理部門との兼務」であることが多く、「内部監査」としての機能が十分に整備されていないことがほとんどです。

初心者監査役が最初に直面する「内部監査との関係」の課題は3つです。

課題①:内部監査担当者が「何をすればいいか分かっていない」

「内部監査担当」と名付けられたが、具体的な業務の定義がない状態で就いているケースが多い。

課題②:「報告してもらう関係」に留まっている

内部監査担当者が確認した内容を「報告してもらう」だけでは、三様監査として機能しません。

課題③:担当者が「言いにくい情報を持っている」

内部監査担当者は現場に近い存在です。「言いにくいが気になっていること」を抱えていることが多い。その情報を引き出せるかどうかが、三様監査の質を決めます。

【関係構築の3つのステップ】

ステップ①:「一緒に仕事の定義をする」
最初の面談で、こう聞いてください。

「○○さんは今、内部監査担当として具体的にどのような業務をされていますか」

多くの場合「正直よく分からない」という答えが返ってきます。

そのときは、一緒に「内部監査担当者の仕事の定義」を作ることを提案します。

「では一緒に、内部監査担当として何をするかを決めていきませんか。私の仕事と○○さんの仕事を分けながら」

「一緒に決める」という姿勢が、担当者との関係の出発点になります。
ステップ②:「月1回の面談」を制度として設ける
三様監査の連携会合(四半期)とは別に、内部監査担当者との月1回の個別面談を設けてください。

この面談の目的は「報告を受けること」ではなく「一緒に今月確認することを決めること」です。

【月次面談の議題】

①前月の確認事項のフォローアップ
②今月の往査の対象と確認ポイントの確認
③「気になっているが言えていないこと」を聞く
④役割分担の調整

【ステップ③:「言いにくいことを聞く場」を作る】

最も重要なのは「報告書には書けないが気になっていること」を引き出すことです。

毎月の面談の最後に、この一言を入れてください。

「他に、報告するほどではないけど気になっていることはありますか」

この一言が、担当者が「実は……」と話し出すきっかけになります。

 役割分担の設計

【確認内容】
 各部門の業務プロセスの確認

 発見事項の評価

 取締役会への報告

 ヒアリング(関係者調査)

 外部専門家との連携

【内部監査担当者】
 往査を実施・調書を作成

 事実を報告

 内容を整理

 同席・記録

 情報提供

【監査役】

 調書の内容を確認・追加確認を指示

 重要度を判断

 報告の判断・実施

 主体的に実施

 主体的に連絡・相談

 第2部:仮設ストーリー編

「最初、彼女は何も話してくれなかった」

 ※本ストーリーは実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。特定の企業・個人を指すものではありません。


【最初の面談—「一言も余分なことを言わなかった」】

就任から3週間後、大西稔は内部監査担当者の宮崎(29歳)と初めての面談を設けた。

50歳。元税務署の調査部門出身。

宮崎は経理部門との兼務で「内部監査担当」という肩書きを持っていた。
面談が始まった。

大西が聞いた。

「宮崎さん、今どういった内部監査の業務をされていますか」

宮崎が答えた。

「現状、具体的な内部監査の業務はあまりできていないです。月次の経費精算の確認くらいで」

「内部監査の年間計画はありますか」

「ないです」

「往査は実施されていますか」

「していないです」

短い答えが続いた。

宮崎は「必要最小限のことしか言わない」という雰囲気だった。
大西は後で思った。

(最初は構えていたのかもしれない。監査役って、問題を探す人だと思われているんだろう)

 「仕事を一緒に決める」というアプローチ

 翌週、大西は再び宮崎に声をかけた。

今度は、「報告を聞く」ではなく「一緒に考える」という雰囲気で。

 「宮崎さん、先週の面談でまだ内部監査が整備できていないと教えてくれましたよね。一緒に、宮崎さんが担当する内部監査の業務を設計しませんか」

宮崎が少し驚いた顔をした。

 「……私が設計していいんですか」

 「一緒に、です。私はどういう確認が必要かを知っている。宮崎さんは現場の実態を知っている。両方が合わされば、実用的な内部監査ができると思います」

その日の面談は1時間になった。
二人で「宮崎さんが担当する内部監査のリスト」を作った。

宮崎が提案した項目がいくつかあった。

「経費精算の承認プロセス」「発注書の事前確認の実態」「在庫管理の記録」——宮崎は現場のことをよく知っていた。

大西は思った。

(報告を待つのではなく、一緒に設計することで、宮崎さんの「知っていること」が出てきた)

仮設例_ 「実は……」が出た日

 【就任2ヶ月後の月次面談】

面談の最後に、大西が言った。

 「宮崎さん、他に、報告するほどではないけど気になっていることはありますか」

宮崎が少し考えてから、口を開いた。

 「……一点、言っていいかどうか迷っていることがあって」

 「どうぞ」

 「営業部門で、月末に受注件数が急増するパターンがあります。
数字的には問題ないんですが、何か無理をしているんじゃないかと思っていて。
でも言うと営業部長に目をつけられそうで……」

「言うと目をつけられそうで」——。

これが「報告書には書けないが気になっていること」の典型的な形だ。

大西は言った。

 「教えてくれてありがとうございます。宮崎さんが言ったことは、外部には出しません。私が確認します。宮崎さんの名前は出さないようにします」

宮崎が少し安堵した顔をした。

この情報が、その後の売上計上基準の確認につながった。

 仮設例_6ヶ月後—「関係が変わった」

 就任6ヶ月後、月次面談が自然に「一緒に今月の確認事項を決める場」になっていた。

宮崎が言った。

 「大西さん、来月の往査、管理部門をやろうと思っているんですが、重点的に見るポイントを教えてもらえますか」

宮崎が「何を見ればいいかを聞いてくる」ようになった。

最初は「一言も余分なことを言わなかった」宮崎が、今は「次の往査の方針を相談しに来る」存在になっていた。

大西はその変化をノートに書いた。

【宮崎さんとの関係が変わったきっかけ】

①「報告を聞く」から「一緒に設計する」に変えた

 →「あなたの仕事を私が決める」ではなく「一緒に決める」という姿勢

②「報告するほどではないことを聞く」という一言を毎回の面談の最後に入れた

 →「実は……」という情報が出てくる場を作った

③「名前は出さない」という約束を守り続けた

 →宮崎さんが「この人は安全だ」と思えた

④役割を明確に分担した

 →「現場の確認は宮崎さん」

 「重要度の判断と社長への報告は私」

 役割が明確になることで、宮崎さんが「自分の仕事」を持てた


【最大の学び】

内部監査担当者は「監査役の情報収集ツール」ではない「一緒に会社を良くしようとしている仲間」として扱うことで、関係が機能し始めた。

6.発言するタイミングが分からない

 【「言うべきか・待つべきか」の判断基準と3回の失敗から学んだこと】

解説編+仮設ストーリー編の2部構成

【第1部:解説編】

「言いたいことはある。しかしタイミングが分からない」
取締役会に数回出席すると、多くの監査役がこの悩みを持ちます。

「気になることはある。しかし、いつ言えばいいのか分からない」

  1. 議長(社長)が「次の議題に」と言ってから気づく
  2. 言おうと思ったら他の人が話し始めた
  3. 「承認されましたか」と言われた後に手を挙げる
  4. 承認後に「実は一点気になっていました」と言って場が白ける



発言の「タイミング」は、発言の「内容」と同じくらい重要です。

【取締役会の「発言の地図」】

取締役会の議事の流れは、大きく以下の通りです。

【取締役会の一般的な流れ】

①議長による開会・定足数確認

②議題の説明(担当取締役・CFO等)

③質疑・審議

 ↑ここが「メインの発言タイム」

④議長による「ご承認いただけますか」の確認

 ↑ここが「最後のチャンス」

⑤採決・承認

⑥次の議題へ


監査役が発言すべき最適なタイミングは「③質疑・審議」の段階です。

「④の直前」は「最後のチャンス」ですが、承認の流れを止める形になるため、使う回数は限定的にしてください。

「⑤の後」はほぼ意味がありません。
承認後の異議は、覆すことが難しく、場の空気を悪化させるだけになります。

 「発言すべきか・待つべきか」の判断基準

【状況】

 財務試算・効果試算がない大型投資案件

 関連当事者取引が含まれている可能性がある

 前回の「確認中」事項が未解決のまま承認されようとしている

 リスクの説明がない案件

理由】

 根拠なしの意思決定は取締役会の義務違反になりうる

 利益相反の確認は監査役の職責

 フォローアップの欠如を記録に残す必要がある



 投資家への説明責任の観点から問題になりうる

 必ず発言すべき場面(即時)

上記に当てはまる場合は、「③質疑の段階」で必ず発言してください。

テーマと核心メッセージ

【テーマ】
 取締役会への初出席

 発言のタイミング

 報告すべきか迷ったとき


 |監査法人との最初の面談

 内部監査担当者との関係構築

【核心メッセージ】
 「1回だけ発言する」ことから始める

 タイミングと言い方が内容と同じくらい重要

3つのレベルで分けて、全部 は言わない

 「非公式な連絡」の関係を作ることが三様監査の出発点

 「報告してもらう関係」から「一緒に動く関係」へ

 どのテーマも「最初から完璧にやろうとしない」という共通の姿勢があります。

  1. 1回だけ発言する。
  2. 1点だけ報告する。
  3. 最初の面談で1つだけ関係を作る。


小さく始めて、積み重ねていく——これが監査役として機能するための最初の3ヶ月の過ごし方です。


本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。特定の企業・個人を指すものではありません。

出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)

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