監査役と経営会議

  • 取締役会が「形式的な決議の場」になりがちな企業において、実質的なビジネスの議論と意思決定が行われる「経営会議」こそ、監査役が目を光らせるべき主戦場です。


1.監査役が経営会議に参加する「3つの本質的意義」 
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  • 仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録


2.経営会議での「監査チェックポイント5選」
3.📌 経営会議は、会社の「健康診断」の現場である


1.監査役が経営会議に参加する「3つの本質的意義」

①「意思決定のプロセス(決定に至る物語)」を監査するため 
② 不正や大失敗を未然に防ぐ「防波堤(牽制機能)」になるため 
③ IPO審査(主幹事・東証)における「ガバナンスの証明」になるため 

 1.監査役が経営会議に参加する「3つの本質的意義」 
 ①「意思決定のプロセス(決定に至る物語)」を監査するため

  • 取締役会に上がってくる議題は、すでに経営会議で「骨抜き・綺麗に整形」された後の結果です。結果だけを見て適法性を判断するのは不可能です。


  • 経営会議という「混迷した議論の生々しいプロセス」に立ち会うことで初めて、「リスクが十分に検討されたか」「独断で決まっていないか」というプロセス監査が可能になります。

 ② 不正や大失敗を未然に防ぐ「防波堤(牽制機能)」になるため 

  • 取締役会で議案を否決するのは、会社にとっても大きな痛手であり、実務上極めて困難です。経営会議の段階で監査役が「そのスキームはリーガルリスクが高く、のちに株主代表訴訟に発展する恐れがあります」と一言クギを刺す(予備的牽制)ことで、会社が誤った方向に進むのを未然に防ぐことができます。 

 ③ IPO審査(主幹事・東証)における「ガバナンスの証明」になるため 

  •  上場審査では「経営会議の議事録」が必ずチェックされ、監査役の出席状況も見られます。監査役が経営会議に皆出席し、適切に発言している実績自体が、「この会社は社長の独裁体制ではなく、ガバナンスが機能している」という東証への強力なアピールになります。 

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

社長を変えた一年
――独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録


※本ストーリーは、実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。特定の企業・個人を指すものではありません。

プロローグ——変えることと、壊さないこと
社長を変えることと、社長を壊すことは違う。】


この1年間、私はその違いを何度も問い直した。変えることは、会社の未来のためだ。壊すことは、何のためにもならない。

その境界線を探しながら、私は社長の隣に座り続けた。

——園田博子(常勤監査役・就任1年と4ヶ月目)

仮設例_【登場人物】

【登場人物】

会社: 社員数160名・物流管理SaaS業・東証スタンダード上場を目指すN-2期
【社長(CEO)】 村上修一(52歳)。創業17年目。叩き上げの経営者。自分の直感で会社を17年間引っ張ってきた。「俺がいなければこの会社はない」という強い自負がある

【取締役A(営業担当)】 入社10年目。村上の最も信頼する右腕。村上に異を唱えたことは一度もない

【取締役B(技術担当)】 共同創業者に近い存在。村上とは20年来の友人。「村上さんには逆らえない」が口癖
【取締役C(管理担当)】元部長から昇格。村上の顔色を常に窺っている

【CFO】 中途採用。財務のプロだが「自分は数字担当」と割り切り、経営判断には口を出さない方針

【主幹事証券担当】H氏(48歳)。引受審査のベテラン。村上の経営スタイルに強い懸念を持っている

【常勤監査役(語り手)】 園田博子(50歳)。元大手メーカーの法務部門出身。就任1年と4ヶ月目

仮設例_ 就任直後に見えた「構造」—Day 1〜30

【第一章:就任直後に見えた「構造」—Day 1〜30】

最初の取締役会
就任して最初の取締役会は、衝撃的だった。

衝撃は、問題の大きさではなく、「問題がないこと」にあった。

議題は5つ。月次業績、設備投資の承認、新規顧客との契約承認、人事異動、来期の事業計画の方向性。

全て、5分以内に終わった。

誰も質問しなかった。誰も懸念を示さなかった。村上が説明し、取締役3名がうなずき、承認された。

90分の予定が、35分で終わった。

会議が終わった後、園田は議事録を確認した。

全ての議題に「全員一致で承認」と書かれていた。

(これが取締役会か)

仮設例_ 「村上の王国」の構造

【「村上の王国」の構造】

最初の1ヶ月で、園田は会社の「構造」を把握した。

【権限の構造】

決裁規程では、金額別に「担当役員決裁」「取締役会決裁」「社長決裁」が定められていた。しかし実態は全て「村上決裁」だった。

担当役員が稟議書を回し、最終的に必ず村上のところに来た。村上が「いいよ」と言えば進む。「ダメ」と言えば止まる。
取締役会は事後承認の場だった。

【情報の構造】

村上のところには全ての情報が集まった。しかし村上から下りてくる情報は「結論だけ」だった。

取締役たちは「なぜその決定になったのか」を知らないことが多かった。知らなくても困らない、という雰囲気があった。

【人材の構造】

「村上に意見を言える人」は、いなかった。

取締役Aは「村上さんが決めることだから」と言う。取締役Bは「村上さんは正しいと思うから」と言う。取締役Cは村上の表情を見てから発言する。

CFOは数字以外のことは言わない。

社員たちは「上が決めたことを実行する」という文化に慣れていた。

仮設例_ H氏からの「警告」

【H氏からの「警告」】

就任から3週間後、主幹事証券のH氏との面談があった。

H氏は開口一番、こう言った。

「率直に言います。現在の村上さんの経営スタイルは、上場審査上の最大のリスクです」

園田は聞き返した。

「具体的にはどのような点ですか」

「一言で言えば、『村上さんに何かあったとき、会社が止まる』という懸念です。特定の個人への権限集中は、継続企業の要件として問題になります。また、取締役会が実質的な審議を行っていないことは、コーポレートガバナンスの形骸化として指摘されます」

「H氏は、村上さんにそれを伝えていますか」

「伝えています。しかし村上さんは『自分がいるから会社が成長してきた。権限を委譲したら会社が弱くなる』という認識です」

「H氏として、今何が必要だとお考えですか」

H氏は少し間を置いてから言った。

「村上さんを説得できる人が、社内にいるかどうかです。私たちが言っても、外からの押しつけにしか聞こえない。内側から変える人が必要です」

(内側から変える人)

仮設例_ 「変える」戦略を立てる——Day 30〜60

【第二章:「変える」戦略を立てる——Day 30〜60】

園田の自問
就任1ヶ月が経った夜、園田はノートを開いた。

【問い:社長の独断専行を「改善する」とはどういうことか】

村上さんを変えるとは、どういう意味か。

  1. 「俺が決める」という17年間の習慣を変えること。
  2. 「全部自分でやる」という経営スタイルを変えること。
  3. 「イエスマンに囲まれている環境」を変えること。


しかし——
村上さんが17年間この会社を引っ張ってきたことは事実だ。その自信と決断力があったから、160名の会社になった。

「変えるべき部分」と「変えてはいけない部分」を混同してはいけない。

変えてはいけないもの】村上さんの事業への情熱・直感・決断力

【変えるべきもの】権限集中・情報の非共有・取締役会の形骸化

仮設例_「正面突破」ではなく「設計変更」

【「正面突破」ではなく「設計変更」】

園田は、アプローチを考えた。

【失敗するアプローチ】

「村上さんの経営スタイルは問題です。
権限委譲してください」——これは正面突破だ。

村上は
「外から来た監査役に、俺のやり方を否定される筋合いはない」と感じるだろう。防壁が高くなるだけだ。

機能するアプローチ

「上場のための準備として、こういう仕組みが必要です」——これは設計変更だ。

「村上さんを変える」ではなく「上場審査をパスするための仕組みを作る」という文脈にする。

村上が守りたいのは「自分のやり方」ではなく「会社の成長」だ。上場が目標なら、「上場に必要なこと」という文脈であれば、村上は聞く耳を持つはずだ。

仮設例_ 「3つの変化を3年間で」という設計】

【「3つの変化を3年間で」という設計】

園田は、変化の目標を3つ設定した。

【変化①:取締役会を「審議の場」にする(3ヶ月以内)】

毎回35分で終わる取締役会を、実質的な議論が行われる場にする。即座に「全員一致」が出ない取締役会にする。

【変化②:取締役が「意見を言える空気」を作る(6ヶ月以内)】

取締役AもBもCも、村上の目を気にせずに発言できる取締役会にする。ただし「村上を批判する」ではなく「建設的な意見を言える」という方向で。

【変化③:決裁権限の実質的な委譲(1年以内)】

取締役が「村上の代わりに決裁できる」という状態を作る。ただし村上が「最終権限を持っている」という感覚は維持しながら。

仮設例_最初の変化—取締役会の「質問」(Day 45)

【第三章:最初の変化——取締役会の「質問」(Day 45)】

「取締役会で質問する」という作戦
最初の変化は小さなことから始めた。

園田は取締役会で「質問する」ことにした。
これまで誰も質問しなかった場所で、質問する。

村上の説明に対して「これは確認ですが」と前置きして、内容に関する質問を入れる。
批判ではなく、確認。

「問題があります」ではなく「念のための確認ですが」。

仮設例_ Day 45の取締役会

【Day 45の取締役会】

その月の取締役会。

村上が新規の大型投資案件を説明した。
製造ラインの効率化ツールを開発している新興企業への出資。2億円。

「この会社の技術は本物だ。市場が来る前に手を打つ」という説明だった。

いつもなら、ここで全員うなずいて終わる。
しかし今日、園田が手を挙げた。

「確認させてください。この投資先のデューデリジェンスはどの程度実施されていますか」

村上は少し驚いた顔をした。

「先方の資料を見ています。問題ないと判断しました」

「資料の内容について、財務面の精査はCFOが確認されましたか」

村上がCFOを見た。

CFOが少し困った顔をして言った。

「……私のところには詳細な資料が来ていないのですが」

会議室が少し静かになった。

「村上さん、財務的な精査のために一週間いただけますか。CFOに先方の財務諸表を確認してもらった上で、次回の取締役会で改めて審議することを提案します」

村上は10秒ほど沈黙した後、言った。

「……分かりました」

これが、最初の変化だった。

取締役会で初めて、「全員一致で即座に承認」ではない結果が生まれた。

仮設例_ CFOが見つけたもの

【一週間後——CFOが見つけたもの】

CFOが投資先の財務諸表を確認した結果、重大な事実が判明した。
投資先企業は、2年連続で最終赤字だった。現預金残高は3ヶ月分の運転資金しかない。

CFOが言った。

「この状況で2億円の出資は、実質的に資金援助になります。回収の見通しが立たない可能性があります」

村上は資料を見ながら黙っていた。その後、静かに言った。

「……出資は見送りにします」

会議が終わった後、村上が園田に声をかけた。

「あのとき確認を求めてくれてよかった。2億円、危なかった」

村上が初めて、園田の「確認」の価値を認めた瞬間だった。

仮設例_取締役会の変化—「35分」から「90分」へ

第四章:取締役会の変化—「35分」から「90分」へ(Day 60〜120)】

「なぜうなずくのか」を聞く
最初の「確認」成功から、園田は戦略を一歩進めた。

取締役Bに個別で話しかけた。

「Bさん、取締役会で毎回すぐに承認されていますが、内容についてご自身ではどうお考えですか」

取締役Bは少し驚いた顔をした。

「……村上さんが説明しているわけだから、問題ないと思って」

「Bさんが技術担当として見て、気になる点はないですか」

「……技術的には、確認したいことがないわけじゃないけど。村上さんの前で言いにくくて」

「言いにくくて」——これが本音だった。

園田は続けた。

「Bさんが技術的な観点から質問することは、批判ではなく会社のリスク管理です。
上場審査でも取締役が実質的に審議していることが求められます。Bさんが質問することが、会社を守ることになります」

取締役Bは少し考えてから言った。

「……次回、聞いてみます」

仮設例_最初の同盟者 

【「最初の同盟者」】

翌月の取締役会。
技術担当の新製品開発計画が議題に上がった。いつもなら村上が説明して終わる。
しかし今回、取締役Bが手を挙げた。

「この開発スケジュールについて、現在の開発チームのキャパシティで実現可能か確認させてください」

村上が少し驚いた顔をした。

「Bが確認したいことがあるなら聞こう」

取締役Bが技術的な懸念を3点述べた。

開発期間が実態より短く見積もられている可能性。外部委託の想定が不明確なこと。品質保証のフェーズが省かれていること。

村上は少し考えてから言った。

「……Bの言う通りかもしれない。スケジュールを見直そう」

会議室に、小さな変化が生まれた。

村上が、自分以外の人間の発言を受け入れた。

仮設例_「質問する取締役会」の定着

【「質問する取締役会」の定着】

その後3ヶ月で、取締役会の様子が少しずつ変わった。
取締役Bが技術的な質問をするようになった。

それを見た取締役Aが「営業の観点から」という前置きで意見を言うようになった。

取締役Cは「管理面で確認させてください」という言葉を使うようになった。

村上は最初、珍しそうな顔をしていた。しかし徐々に、取締役たちの発言を聞く時間が増えた。

取締役会の時間は、35分から60分、そして90分になった。

H氏が中間報告の場でこう言った。

「取締役会の質が明らかに変わっています。3ヶ月前と同じ会社とは思えない」

仮設例_「権限委譲」という最大の難題

【第五章:「権限委譲」という最大の難題(Day 120〜240)】

H氏からの「最後通告」
Day 120に、H氏から正式な申し入れがあった。

「申請に向けた準備として、権限委譲計画を明示していただく必要があります。現在の状況——村上さんがほぼ全ての決裁を行っている——は、審査上認められません」

村上はこの席に同席していた。

「俺が決裁することの何が問題なのか。俺が正しい判断をしてきたから、この会社は成長してきた」

H氏は静かに言った。

「村上さんが優れた経営者であることは間違いない。しかし上場企業には、特定の個人に依存しない意思決定の仕組みが求められます。
村上さんが病気になったとき、会社の意思決定が止まる構造は、投資家に対して説明できません」

村上は黙った。

「病気になったとき」——この言葉が、村上の何かに触れたようだった。

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

【村上との個別面談——「本音」を聞く】

H氏との面談から3日後、園田は村上に個別で話を申し入れた。

「村上さん、少しお聞きしていいですか。権限委譲に対して、どういう懸念をお持ちですか」

村上はしばらく黙っていた。

普段の「俺が決める」という強さが、少し消えていた。

「……正直に言うと、自分が関わらないと、間違った判断をされるんじゃないかと思っている」

「間違った判断というのは、具体的にはどういうことですか」

「取引先との関係。業界の空気感。こういうのは、長年やってきた自分にしか分からないことがある。若い取締役には、まだそれが見えていない」

「まだ」——村上は「今は無理だが、将来は」という可能性を否定していなかった。

「村上さんの経験と感覚は、確かに代えがたいものです。それをどうやって組織に継承するかが課題だと思います。権限を委譲することは、村上さんの経験を捨てることではなく、その経験を組織の力にすることではないでしょうか」

村上はしばらく考えていた。

「……どうやって」

「どうやって」——これが突破口だった。

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

スモールスタート」という提案】

園田は、村上に具体的な提案をした。

「まず、一定金額以下の発注と人事案件について、取締役Aが最終決裁できる仕組みを作りませんか。村上さんは報告を受ける。しかし判断はAさんが行う」

「Aが間違えたらどうする」

「最初の3ヶ月は、Aさんが決裁した内容を村上さんに翌日報告する。村上さんが気になる点があれば、その場で指摘する。その繰り返しで、Aさんの判断力を育てる」

「それは……俺が監視するということか」

「最初のうちは。ただし徐々に、報告の頻度を週1回、月1回と減らしていく。Aさんの判断が信頼できると村上さんが感じたら」

村上はしばらく考えた後、言った。

「Aを信頼しているのは確かだ。やってみるか」

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

【スモールスタートの実施

権限委譲のスモールスタートが始まった。

委譲した権限(第1フェーズ)

100万円以下の発注:取締役A決裁(翌日村上に報告)
月次の採用・退職の承認:取締役C決裁(翌日村上に報告)
既存顧客との契約更新(変更なし):取締役A決裁(週次で村上に報告)

最初の2週間、村上は翌日の報告を注意深く見ていた。

Aが決裁した内容に、村上が「これは問題ないか」と確認することが何度かあった。

しかしAの判断に、大きな問題は出なかった。

4週間後、村上が言った。

「Aに任せて、今のところ問題ない。翌日報告は週1回でいい」

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

「最初の失敗」とその対処】

6週間後、最初の失敗が起きた。

取締役Aが決裁した発注案件に、単価の計算ミスがあった。予定の1.2倍の費用がかかっていた。

村上はAを呼んで、30分話し込んだ。

園田は「権限委譲が終わった」と思った。

しかし翌日、村上が言ったのはこうだった。

「Aが失敗した。でも俺も若い頃はもっと大きな失敗をした。失敗から学べばいい。権限委譲は続ける」

これが、村上の変化を最も象徴する瞬間だった。

「失敗を許す」——これは17年前の村上にはなかった視点だった。

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

【第六章:「取締役会」から「経営会議」へ——Day 240〜360】

もう一つの問題——「事前の根回し」
権限委譲が進む中で、園田は別の問題に気づいた。

取締役会の質は上がった。しかし、重要な案件は取締役会の前に「村上が非公式に結論を出している」という構造が残っていた。

取締役会は、事後承認の場ではなくなったが、まだ「事前決定の形式化の場」という側面があった。

H氏に状況を報告すると、こう言われた。

「経営会議と取締役会の役割を分けることが必要です。
経営会議で論点を整理し、取締役会で正式な審議・決議を行う。
この二層構造が、ガバナンス上の理想形です」

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

【「経営会議」の新設】

園田は村上に提案した。

「月次の取締役会の前に、役員全員が参加する経営会議を設けてはどうでしょうか。
取締役会の議題を事前に議論し、取締役会ではその結果を正式に審議・決議する」

「今の取締役会と何が違うのか」

「経営会議は『議論する場』で記録は残さなくていい。
取締役会は『決議する場』で議事録を残す。このように役割を分けることで、取締役会の議論がより充実します」

「記録は残さなくていい」——村上が少し顔を緩めた。

「記録に残らない場なら、本音が出しやすい」という感覚があったようだ。

「やってみよう」

経営会議が新設された。

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

【経営会議の効果】

経営会議が始まって1ヶ月後。
初回の経営会議で、取締役Bが初めて「村上さん、それは無理じゃないですか」と言った。

技術的に非現実的な開発計画について、直接的に異議を唱えた。
会議室が静まりかえった。

村上は少し驚いた顔をしたが、怒らなかった。

「Bがそう言うなら、なぜ無理なのか聞かせてくれ」

Bが説明した。

村上は最後に言った。

「……そうか。俺の見積もりが甘かった。修正しよう」
「記録に残らない場」で、初めて本音の議論が行われた。

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

【1年後の取締役会】

就任から1年と4ヶ月目の取締役会。
今日の議題の一つは、来期の事業計画だった。村上が概要を説明した後、こう言った。

「各担当から意見を聞かせてくれ」

取締役Aが営業の観点から修正案を提示した。取締役Bが技術的な懸念を述べた。

取締役Cが予算の実現可能性を分析して見せた。

CFOが財務的な影響を試算して示した。

村上は全員の発言を聞いた後、言った。

「皆の意見を聞いて、当初の計画を修正します。
Aの提案する営業目標を採用し、Bの指摘する開発期間を延ばし、Cの予算案を基本にする」

議事録に「代表取締役より各担当役員の意見を踏まえた修正案が提示され、審議の結果全員で合意した」と書かれた。

1年前と比べると、全く別の取締役会だった。

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

第七章:H氏の評価と、残っていた課題】

H氏との最終確認面談
Day 360に、H氏との年間の振り返り面談があった。

H氏は言った。

「取締役会の変化は、私どもの審査担当者も驚いています。
特に権限委譲計画が実際に動いていることと、取締役が独立した意見を述べるようになったことは、審査上の大きなプラスです」

「まだ課題がありますか」

「残っています。村上さんがいる場といない場の違いが、まだ大きい。
村上さんが不在のときに、取締役だけで意思決定できるかどうかが、最終的な評価軸になります。そのテストをしてみてください」

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

【「村上のいない取締役会」】

H氏のアドバイスを受けて、園田は村上に提案した。

「試みとして、一度、村上さん抜きで取締役会を開催してみませんか。村上さんの承認を必要とした場合は持ち越す形で」

村上は少し間を置いてから言った。

「俺がいなくて大丈夫か」

「それを確認するためでもあります」

村上は苦笑いしながら言った。

「……やってみよう。俺も少し休みたかった」

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

【初めての「村上不在の取締役会」】

村上が出張で不在の日に合わせて、取締役会が開かれた。議長は取締役Aが務めた。

最初の5分間は、誰も何も言わなかった。

「村上がいない取締役会」に、全員が不慣れだった。

取締役Aが静かに言った。

「では始めましょう。まず月次業績から」

会議は進んだ。

議論はいくつか行き詰まる場面もあった。
「村上さんだったらどう判断するか」という言葉が2度出た。

しかし最終的に、3つの議題のうち2つが「取締役会として」決議された。

1つは「村上さんに確認が必要」として持ち越された。

会議終了後、取締役Aが園田に言った。

「……できましたね。少し驚いています」

「Aさんが進行してくれたおかげです」

「でも、村上さんがいないと、こんなに自由に発言できるんだと気づきました。次からは、村上さんがいても言えるようにしたい」

「村上さんがいても言えるようにしたい」——これが、最終的な変化だった。

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

【第八章:村上の「気づき」——最後の場面】

村上から届いたメッセージ
村上不在の取締役会の報告を受けた翌日、村上から園田にメッセージが届いた。

「昨日の取締役会の議事録を見ました。
俺がいなくても回った。
少し悔しい気持ちと、少し安心した気持ちがあります。
博子さん、少し話せますか」

初めて、村上が園田を名前で呼んだ。

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

【社長室での会話】

社長室に入ると、村上は少し疲れた顔をしていた。

「正直に言うと、俺がいなくても会社が動いたことが、少しショックだった」

「それは……ショックですか」

「俺がいなければこの会社はない、と思ってきた。
でも昨日の議事録を見ると、みんなちゃんとやっている。
俺の存在意義は何なんだろうと思った」

園田は少し考えてから答えた。

「村上さんの存在意義は、『全部自分で決めること』ではなかったと思います。17年間、この会社の方向性を示し、人を集め、文化を作ってきたことです。その文化の中で、今の取締役たちが育った。
昨日の取締役会は、村上さんが17年間かけて作ったものです」

村上はしばらく黙っていた。

「……そういう見方もあるか」

「上場すると、村上さんの役割はさらに変わります。
『全部決める人』から『方向性を示す人』へ。その変化は、村上さんにとって『失う』ことではなく、『深くなる』ことだと思います」

村上は窓の外を見ながら、言った。

「……博子さん、あなたが来てから、うちの会社は変わったね」

「村上さんが変わったんだと思います。私はきっかけを作っただけです」

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

エピローグ——1年4ヶ月の記録

就任から1年と4ヶ月。

H氏からの最新のフィードバックはこうだった。

「審査上の懸念事項の一つだった『特定個人への権限集中』については、改善が確認されています。取締役会の実効性についても、明らかな向上が見られます。申請に向けた準備を進めてください」

しかし園田は、これを「完成」とは思っていなかった。

村上は変わった。しかし、まだ「村上さんがいると少し言いにくい」という空気は残っている。

権限委譲は進んだ。しかし、まだ「村上の顔色を窺ってから発言する」という習慣が残っている。

変化は、「完成した」ものではなく「進行中」のものだ。

上場した後も、この変化を続けていくこと——それが園田の「次の仕事」だった。

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

ノートに最後のページを書いた。

【1年4ヶ月で起きた変化】

取締役会の時間:35分 → 90分

権限委譲の範囲:0% → 約30%の案件が取締役決裁

村上不在の取締役会:実施できた(2件を除き決議完了)

取締役の発言数:会議あたり平均2〜3発言(1年前:ほぼゼロ)

【変わっていないもの】

  1. 村上さんの事業への情熱
  2. 村上さんの最終的な方向性判断
  3. 村上さんを中心とした会社の文化


【変えてはいけなかったもの——振り返って】

村上さんの「会社が好き」という気持ち。
これが全ての変化の土台だった。

「俺がいなくても会社が動いた」と感じたとき、村上さんは悔しがった。

その「悔しさ」の中に、「会社をもっと強くしたい」という気持ちがあったから、変化できた。

監査役として「変える」仕事は、「社長を否定すること」ではなく

「社長が持っているものを、組織の力に変えること」だった。

仮設例_ 独断専行のオーナー経営者と、諦めなかった監査役の記録 

【このストーリーが伝えたいこと】

オーナー経営者の独断専行を改善することは、監査役の仕事の中で最も難しい挑戦の一つです。

正面から「変えろ」と言っても、17年間の習慣は変わりません。
このストーリーの園田が取ったアプローチは、5つの原則に集約されます。

①「社長を変える」ではなく「上場に必要な仕組みを作る」という文脈にする

村上が守りたいのは「俺のやり方」ではなく「会社の成長」だった。「上場のための準備」という文脈に乗せることで、変化への抵抗を最小化した。

②「最初の同盟者」を作る

一人で孤立して社長と戦うのではなく、取締役Bという「最初に動ける人」を見つけて、取締役会に「質問する文化」を作った。

③「スモールスタート」で実績を積む

いきなり大きな権限委譲ではなく、小さな成功体験を積み重ねた。失敗したときも「続ける」という判断を村上が自らした。

④「村上がいない場」を作る

「記録に残らない経営会議」「村上不在の取締役会」——この二つが、取締役たちに「自分で考える」機会を与えた。

⑤「社長の存在意義」を再定義する

「全部決める人」から「方向性を示す人」へ。この再定義が、村上の「変わることへの抵抗」を「変わることへの意欲」に変えた。


本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。 特定の企業・個人を指すものではありません。

出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)

2.経営会議での「監査チェックポイント5選」

①社長の「一太刀」で議論が終了していないか(プロセスの形骸化) 
②「デメリット」と「代替案」が机上に上がっているか(リスク検証)
③「取締役会への上程基準」が都合よく歪められていないか(脱法行為) 
④管理部門(法務・経理・内部監査)の意見が無視されていないか(専門性の尊重) 
⑤「経営会議の議事録」に異論や懸念が正しく残されているか(エビデンス)

① 社長の「一太刀」で議論が終了していないか(プロセスの形骸化) 

チェック内容

  •  社長が「これで行くぞ」と言った瞬間、他の役員が全員黙り込んで縮こまっていないか。

着眼点

  • 経営会議は多角的な視点でリスクを潰す場です。自由な意見交換が妨げられている環境は「内部統制の機能不全(レッドフラグ)」とみなします。

②「デメリット」と「代替案」が机上に上がっているか(リスク検証) 

チェック内容

  • 新規事業や投資の提案書に、耳当たりの良いメリット(売上予測など)しか書かれていない状態を放置していないか。

着眼点

  • 最悪のシナリオ(損害の最大値)」が想定されているか、万が一の「撤退基準」は明確か。また、「A案がダメならB案」という代替案の比較検討がなされているかをチェックします。

③「取締役会への上程基準」が都合よく歪められていないか(脱法行為)

チェック内容

  • 本来なら「取締役会」で決議すべき重要な資産の処分や多額の借入れなどを、「経営会議の承認」だけでコッソリ処理しようとしていないか。

着眼点

  • 取締役会規程や職務権限規程に定められた「金額のしきい値(職務権限)」をすり抜けるために、案件を細かく分割(小口化)して経営会議で通そうとする手口がないかを監視します。

 ④管理部門(法務・経理・内部監査)の意見が無視されていないか(専門性の尊重)

チェック内容

  • 法務担当が「違法の恐れあり」、経理が「会計基準上グレー」と事前にNOを出している案件を、営業サイドが「ビジネスのスピード優先」で押し切ろうとしていないか。

着眼点

  • ゲートキーパーである管理部門の見解が経営会議の場でどのように扱われ、リスクがどう補(補填)されているかを確認します。

⑤「経営会議の議事録」に異論や懸念が正しく残されているか(エビデンス)

チェック内容

  • 会議後に回ってくる議事録が「全員一致で承認した」という簡素な結果だけになっていないか。

着眼点

  • 誰がどんなリスクを指摘し、それに対してどう対策することにしたのかという「異論の足跡」が残っているか。形骸化した議事録は、将来裁判になったときに役員全員を破滅させます。 

 📌 経営会議は、会社の「健康診断」の現場である


  • 取締役会が「カルテの確認」なら、経営会議は「CTスキャン」の最中です。 優秀な監査役は、経営会議の席でビジネスの中身を品定めしているのではなく、「経営陣の意思決定の健全性」を健診しています。



  • 社長にとって、経営会議に監査役がいることは「監視されて煙たい」ことではなく、「上場審査や株主代表訴訟という未来の地雷を、今この場で一緒に見つけてもらう」という、最大のセーフティネットなのです。

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