監査役の往査-1/2
- 常勤監査役が「往査」を行う本質的意義
- 【本社】往査のチェックポイント(管理の要衝)
- 【支店】往査のチェックポイント
- 【営業所】往査のチェックポイント(売上最前線の防衛)
- 拠点別往査チェックポイント一覧
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- 仮設例_稟議書の中に、何かある
- 常勤監査役にとって、本社から離れた現場の生々しい実態を掴む「往査(実地監査)」は、書類(運用実績)の裏側にある本質を見抜くための最大の武器です。
- 本社の管理部門に上がってくる報告書は、いくらでも「綺麗に整形」できますが、現場の緩んだ空気や規程の無視は隠せません。上場審査(主幹事・東証)でも、監査役がどれだけ現場に足を運び、自浄作用を機能させているかは必ず厳しくチェックされます。
1.常勤監査役が「往査」を行う本質的意義
① 帳簿やデータには映らない「組織の代謝と体温」を感じ取るため
② 本社へ忖度(そんたく)する支店長・営業所長の「フィルター」を外すため
① 帳簿やデータには映らない「組織の代謝と体温」を感じ取るため
- 往査の目的は、数字の照合(それは監査法人の仕事です)ではなく、「ガバナンスが現場まで浸透しているか」の確認です。現場の社員と直接対話し、オフィスの整理整頓状況を見るだけで、「規程が守られている組織か、それともルールが形骸化しているか」という体感値(レッドフラグ)が手に入ります。
② 本社へ忖度(そんたく)する支店長・営業所長の「フィルター」を外すため
- 業績の悪い拠点ほど、本社への中間報告でリスクを小さく見せようとします。監査役が直接現地へ赴き、所長だけでなく現場の一般社員や事務員からフランクに話を聴くことで、本社が把握していない「労務管理の歪み」や「不適切な営業手法」の種を早期に発見できます。
2. 【本社】往査のチェックポイント(管理の要衝)
- 本社の監査目的は、「経営陣の意思決定が、各部門へ正しく、職務権限通りに伝播しているか」の確認です。
①印章管理・電子契約アカウントの執行実態
②重要書類の保管と情報セキュリティ
③内部通報窓口・ポスターの「物理的」な周知状況
①印章管理・電子契約アカウントの執行実態
- 会社の実印や銀行印、あるいはCloudSignなどの電子契約アカウントが、職務権限規程に定められた承認なしに使えない状態になっているか。ログと実物の照合を行います。
②重要書類の保管と情報セキュリティ
- 取締役会議事録、重要な契約書原本が鍵付きの書庫に保管されているか。また、離席時にPCの画面がロックされているか、重要機密が机の上に放置されていないかといった「平時のモラル」を見ます
③内部通報窓口・ポスターの「物理的」な周知状況
- 「監査役直通窓口」の案内が、社員の目に入るイントラサイトや掲示板に分かりやすく掲載されているか。総務部の奥底にひっそり隠されていないかをチェックします。
3. 【支店】往査のチェックポイント
- 本社の目が届きにくい「支店」は、声の大きい支店長による「独自の独裁環境」になりがちです。
①職務権限の「分割発注(小口化)」によるすり抜けがないか
②地元の有力企業・取引先との「不透明な交際費」
③「隠れサービス残業」などの労務リスク(上場審査の致命傷)
①職務権限の「分割発注(小口化)」によるすり抜けがないか
- 例えば「100万円以上の投資は本社の承認が必要」というルールがある場合、90万円の契約を2回に分けて独断で決済していないか。支店独自の稟議書を遡及して確認します。
②地元の有力企業・取引先との「不透明な交際費」
- 支店長交際費の相手先と頻度をチェックします。キックバックやバックマージン、あるいは上場審査で一発アウトになる「反社会的勢力」との交際リスクが潜んでいないかを精査します
③「隠れサービス残業」などの労務リスク(上場審査の致命傷)
- PCのログイン・ログアウト履歴と、タイムカードの打刻時間に不自然な乖離(かいり)がないか。支店の事務員などに「実際、何時くらいに皆退社していますか?」とヒアリングし、労務のウミを見つけ出します。
4. 【営業所】往査のチェックポイント(売上最前線の防衛)
- 「売上至上主義」になりがちな営業所は、最もガバナンスの網が薄まり、コンプライアンス違反が起きやすいデンジャラスゾーンです。
①小口現金の管理(1円の重み)
②ノルマ達成のための「架空在庫」と「押し込み販売」
③営業マンのデスクと「オフィスの空気感」
①小口現金の管理(1円の重み)
- 金庫の中の「実際の現金残高」と、帳簿の数字が1円単位まで完全に一致しているか。営業マンの旅費交通費などの立替金精算がルーズになり、私的流用の温床になっていないかを現物確認します。
②ノルマ達成のための「架空在庫」と「押し込み販売」
- (物販や製造業の場合)倉庫の実際の在庫数と、システムの帳簿在庫が一致しているか。期末の数字を作るために、取引先に頼み込んで一時的に買ってもらったような不適切な取引(押し込み)の形跡がないかをチェックします。
③営業マンのデスクと「オフィスの空気感」
- デスクの上が書類で散らかり放題、顧客情報が丸見え、挨拶がないといった営業所は、高確率で数字の管理もルーズです。「環境の乱れはガバナンスの乱れ」と捉え、所長に即座に是正を求めます。
用語解説 往査とは
- 往査(おうさ)とは、監査役や内部監査人が、普段の執務室(監査役室など)を離れて、本社内の各部門(営業・開発等)や、支店・営業所・工場などの「現場」へ直接足を運び、実態をその目で確かめる「実地監査」のこと。
- 机の上で綺麗に整理された報告書やデータだけをチェックする「書面監査」に対し、現場に赴く往査はガバナンスの執行実態を暴くための極めて重要な監査手続きです。
往査の3つのアプローチ
主に以下の3つのアプローチを用いて、現場のリスクを洗い出します。
①現物確認(実地棚卸・金庫確認など)
②実態の観察(ウォークスルー)
③現場ヒアリング
①現物確認(実地棚卸・金庫確認など)
- 帳簿上の数字(データ)と、現場にある現金、手形、在庫などの「実物」が1円・1個単位まで完全に一致しているかを物理的に検証します。
②実態の観察(ウォークスルー)
- 重要書類の保管状態、セキュリティ対策の遵守状況、オフィスの整理整頓度合いなどから、その拠点にルールを守る「規程遵守の文化(モラル)」が根づいているかを確認します。
③現場ヒアリング
- 拠点の責任者(支店長や営業所長)だけでなく、現場の一般社員や事務員と直接対話することで、本社の目が届かない「ローカルルールの有無」や「隠れサービス残業などの労務リスク」をすくい上げます。
💡 IPO審査における重要性
- IPO審査において、「本社だけでガバナンスごっこをしていないか(地方拠点が野放しになっていないか)」を厳しくチェックします。
- 監査役や内部監査人が定期的に往査を行い、現場のウミを自主的に見つけて修正したプロセス(=本質的な改善実績)を残していること自体が、「この会社には地方拠点の暴走を食い止める『社内自浄作用』が備わっている」という強力な上場承認の証明書になります。
📌 用語集ワンポイントアドバイス
- 監査の世界では「百聞は一見に如かず」を体現する言葉です。書類の裏にある「組織の代謝と体温」を感じ取る、常勤監査役にとって最大の武器となる実務行動です。
拠点別往査チェックポイント一覧
監査対象
🏢本社
🏢支店
📍営業所
主なリスク
- 管理体制の形骸化
- 権限の逸脱
- 支店長の独裁
- ルールの小口すり抜け
- 売上至上主義による不正
- 金銭ルーズ
監査役の視点
- 印章・電子契約のログ
- 規程通りの承認プロセス
- セキュリティ
- 稟議書の分割チェック
- 交際費の中身、
- 隠れサービス残業の有無
- 小口現金の現物照合
- 棚卸(架空在庫)
- オフィスの整理整頓
【判定表】上場審査で評価される役員・評価されない役員
【ヒアリングのテーマ】
リスクの把握
バッドニュース
現場との距離感
【❌ リスクのある役員】
「現場の責任者に任せているので問題ない」
部内で揉み消し、解決してから社長へ事後報告する
往査で見つかった現場の規程違反を全く知らない
【⭕ ガバナンスが効いている役員】
「現在〇〇の領域にリスクがあり、こう対策している」
発生した瞬間に未解決のまま速報として共有する
現場の脆弱性を自ら指摘し、監査役に相談してくる
仮設例_稟議書の中に、何かある
【稟議書の中に、何かある】
――気になった一枚から始まった、ある常勤監査役の3週間
※本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。特定の企業・個人を指すものではありません。
【月曜日の午後——稟議書の束を前に】
経理部門への月次往査の日だった。
佐藤美穂は、この会社の常勤監査役になって1年と7ヶ月になる。元税務署の職員だ。数字を見る目には自信がある。
経理部長の前田が、今月分の稟議書の束を差し出した。
「今月は32件です。先月より少し多いですが、季節的なものもあります」
佐藤は受け取った。
稟議書の確認は毎月の習慣だ。全件に目を通す。
異常なければ30分で終わる。
最初の10件はいつも通りだった。
事務用品の購入、外部セミナーへの参加費、サーバーの保守契約の更新。
11件目を手に取ったとき、佐藤の手が止まった。
仮設例_稟議書の中に、何かある
【気になった一枚】
稟議書の内容は、こうだった。
【件名:コンサルティング業務委託費の支払承認】
- 委託先:株式会社TKコンサルティング
- 金額:480,000円
- 委託内容:経営戦略に関するアドバイザリー業務
- 期間:当月
決裁:営業本部長(取締役B)承認
佐藤は稟議書の右端を確認した。
添付書類:なし。
契約書、仕様書、検収書——何もついていない。
480,000円という金額は、この会社の稟議規程では「部門長決裁」の範囲内だ。問題なく通る金額だ。
しかし、佐藤には3つの引っかかりがあった。
【引っかかり①:「経営戦略に関するアドバイザリー業務」という業務内容】
具体性がない。
「経営戦略」というのは何でもありの表現だ。何をやって、何が成果物なのか、この稟議書からは全く分からない。
【引っかかり②:添付書類がゼロ】
48万円のコンサルティング費用に、契約書も仕様書も成果物の記録も何もない。
【引っかかり③:「TKコンサルティング」という社名】
聞いたことがない。
佐藤は発注先リストを確認した。
TKコンサルティングの名前はなかった。初取引だ。
初取引の相手に、添付書類なし、48万円。
仮設例_稟議書の中に、何かある
【「気になる」を「確認する」に変える】
佐藤はノートを開いた。
「TKコンサルティング。初取引。添付なし。業務内容不明。取締役B決裁。要確認」
と書いた。
残りの21件を確認した後、佐藤は経理部長の前田に声をかけた。
「11番目の稟議書について確認させてください。TKコンサルティングへの支払いですが、添付書類がないようです。契約書はありますか」
前田は少し考えた後、こう答えた。
「この件は取締役Bが直接対応されていて……私どもには詳細が共有されていない状況です」
「請求書は届いていますか」
「はい、先週届きました。支払いは来週の予定です」
「請求書を見せていただけますか」
前田がパソコンの画面を見せてくれた。
請求書の内容はこうだった。
【株式会社TKコンサルティング】
代表取締役 Taro Kato
【ご請求書】
件名:コンサルティング業務費
金額:480,000円(税込)
内容:経営戦略コンサルティング業務(当月分)
請求書も、業務の詳細が記載されていない。
「当月分」という表現が気になった。
「この取引、毎月ありますか」
前田は少し言いにくそうな顔をした後、答えた。
「……実は、先月と先々月にも同じ稟議書があったと思います」
3ヶ月連続で、毎月48万円。年間換算で576万円。
佐藤はノートに書き足した。
「3ヶ月連続。月48万円。年間576万円。前月・前々月の稟議書を確認すること」
仮設例_稟議書の中に、何かある
【火曜日——登記情報と過去の稟議書】
翌朝、佐藤は二つのことを並行して進めた。
【①TKコンサルティングの登記情報を確認する】
法人登記情報を取得した。
- 会社名:株式会社TKコンサルティング
- 所在地:東京都渋谷区(住所は取締役Bの自宅マンションの近くだった)
- 設立:3年前
- 代表取締役:加藤太郎
- 資本金:100万円
「加藤太郎」—この名前に、佐藤は記憶をたどった。
就任時に確認した関連当事者リスト。取締役Bの配偶者の旧姓は「加藤」だった。
偶然の一致かもしれない。しかし—。
佐藤はノートに書いた。
「TKコンサルティング代表:加藤太郎。取締役B配偶者の旧姓:加藤。関係の有無、要確認」
【②先月・先々月の稟議書を確認する】
経理部長の前田に、過去2ヶ月分のTKコンサルティング関連の稟議書を見せてもらった。
3枚とも、内容は今月分と全く同じだった。
「経営戦略に関するアドバイザリー業務」「480,000円」「取締役B決裁」「添付書類なし」。
コピーのような3枚の稟議書。
佐藤はさらに過去を確認しようとした。
「半年前まで遡って確認できますか」
「……少し時間をください」
30分後、前田が戻ってきた。
「確認しましたが、4ヶ月前以前のTKコンサルティングとの取引はありませんでした。3ヶ月前が最初の取引です」
3ヶ月前から突然始まった、毎月48万円のコンサルティング費用。
それ以前に取引実績はない。
仮設例_稟議書の中に、何かある
【水曜日——取締役Bへの「最初の問いかけ」】
佐藤はこの時点で、取締役Bに直接確認することを決めた。
ただし、この段階での確認は「調査」ではなく「事実確認」として行うことが重要だ。断定的な態度は避ける。
「取締役B、TKコンサルティングとの取引について確認させてください。3ヶ月前から毎月48万円の支払いがありますが、どのようなコンサルティング業務をご依頼しているのでしょうか」
取締役Bは少し間を置いた。
「新規事業の方向性について、定期的にアドバイスをもらっています」
「成果物はどのような形で受け取っていますか」
「主に口頭でのアドバイスです。議事録などはありません」
「契約書は作成していますか」
「口頭契約です。信頼できる相手なので」
「TKコンサルティングの代表者、加藤太郎さんとはどのような経緯で知り合いましたか」
取締役Bの表情が変わった。
「……知人です。なぜそれを聞くのですか」
「事実確認の一環です。代表者のお名前と取締役Bの配偶者の旧姓が同じであることを確認しまして」
取締役Bは少し考えた後、静かに言った。
「……義理の兄です」
仮設例_稟議書の中に、何かある
【水曜日の夜——調書に何を書くか】
佐藤はその夜、監査調書を前にした。
(先週の田中監査役のような葛藤を、佐藤も感じていた)
書くべき事実は以下だ。
- TKコンサルティングへの支払いが3ヶ月連続で月48万円
- 添付書類(契約書・仕様書・成果物)が一切存在しない
- 業務内容は「口頭のアドバイス」で、記録がない
- TKコンサルティング代表は取締役Bの義理の兄であることが確認された
- この事実は稟議書に記載されておらず、取締役会にも開示されていない
書いた。全部書いた。
そして、こう付け加えた。
「上記の事実を踏まえ、以下の追加確認が必要と判断する。
①TKコンサルティングへの取引を関連当事者取引として開示する必要の有無。
②コンサルティング業務の実態(口頭のアドバイスの内容・頻度・効果)の確認。
③社長への報告と主幹事証券への共有の要否の検討」
書き終えて、佐藤は主幹事証券の担当者に翌朝電話することを決めた。
社長への報告より先に。
仮設例_稟議書の中に、何かある
【木曜日——主幹事証券への報告】
翌朝、主幹事証券の担当者に電話した。
「確認中の案件がありまして、ご相談したいのですが」
担当者の名前はH氏。引受審査を担当するベテランだ。
佐藤は事実を順番に伝えた。稟議書の発見、登記情報の確認、取締役Bへのヒアリング、義理の兄という関係。
H氏は聞きながらメモを取っていた。
「分かりました。これは関連当事者取引の可能性がある案件ですね。いくつか確認させてください」
「この取引について、社長は把握していますか」
「まだ確認していません。先にH氏にご連絡しました」
「正しい判断です。まず全体像を把握してから社長に報告する順序が良いです」
H氏が続けた。
「業務の実態が口頭のアドバイスのみで記録がないという点が、最も問題です。コンサルティングの実態があるなら、何らかの記録(メール・メモ・報告書)は必ずあるはずです。実態がない場合、架空の支払いの可能性もあります」
「架空の支払い」——佐藤の頭の中で、問題の輪郭がさらに大きくなった。
仮設例_稟議書の中に、何かある
【木曜日の午後——取締役Bとの2回目の面談】
H氏との電話の後、佐藤は再度取締役Bと面談した。今度は記録を取ることを事前に伝えた上で。
「追加で確認させてください。コンサルティングの内容について、メールやメモなど、何らかの記録はありますか」
「……正直に言うと、ほとんどないです。電話で話す程度で」
「月に何回くらい話しますか」
「1〜2回です」
「1回あたり何時間くらいですか」
「30分から1時間くらい」
月2回、各1時間。それで月48万円。時給換算で12万円。
「その内容について、社長には報告されていますか」
「……していません」
「この取引について、社長は知っていますか」
長い沈黙があった。
「……稟議は通っていますが、義理の兄への支払いということは言っていません」
仮設例_稟議書の中に、何かある
【金曜日——社長への報告】
佐藤は金曜日の朝、社長に「今日中に個別でお話ししたい」と申し入れた。
午後3時、社長室に入った。
「TKコンサルティングという会社への支払いについて、確認が必要な事項があります」
社長は怪訝な顔をした。
「TKコンサルティング?知らないな」
「取締役Bが決裁している案件です。3ヶ月連続で月48万円、合計144万円の支払いがあります。取引先の代表者は取締役Bの義理の兄です。稟議書にはその事実の記載がなく、取締役会への開示もありません」
社長の表情が変わった。
「Bの……義理の兄?Bから聞いたことは一度もない」
「業務の実態についても確認したところ、月1〜2回の電話での口頭アドバイスのみで、記録は何もないとのことでした」
社長はしばらく沈黙した後、言った。
「Bに来るよう言う。一緒に確認したい」
「まず、この事実を主幹事証券に報告済みであることをお伝えします。その上で、会社としての対応を決めていただく必要があります」
「……分かった」
仮設例_稟議書の中に、何かある
【翌週——三者での確認と、問題の全容】
翌週、社長・取締役B・佐藤の三者での面談が行われた。
弁護士の同席を佐藤が求め、社長が了承した。
弁護士から取締役Bへの質問が続いた。
1時間後、全容が明らかになった。
TKコンサルティングへの支払いは、実態のあるコンサルティング業務への報酬ではなかった。
取締役Bは、義理の兄の会社が資金難になっていることを知り、「会社の業務委託」という形で援助しようとしていた。
月48万円は、義理の兄への「支援金」の性質を持っていた。
コンサルティングの実態はほぼない。月1〜2回の電話は「現状報告」程度のもので、専門的なアドバイスとは言えない内容だった。
これは会社の資金を不正に流用した行為——業務上横領の可能性があった。
仮設例_稟議書の中に、何かある
【調査の着地点——会社の対応】
弁護士の意見を踏まえ、会社は以下の対応を取った。
①取締役Bの即時の業務停止(調査期間中)
調査が完了するまでの間、取締役Bの業務執行権限を停止した。
②外部弁護士による事実調査
過去3ヶ月の取引実態を詳細に確認した。コンサルティング業務の実態がないことが調査で確認された。
③既払金額の返還要求
TKコンサルティングに対し、既払いの144万円の返還を求めた。
④取締役Bの辞任
取締役Bは自ら辞任を申し出た。会社はこれを受け入れた。
⑤主幹事証券・監査法人への報告
事実の全容を主幹事証券と監査法人に報告した。
上場スケジュールは2ヶ月延期されたが、問題が申請前に発覚・対処されたことで、審査上の致命的な問題にはならなかった。
仮設例_稟議書の中に、何かある
【3週間後——佐藤の監査調書】
事態が収束した翌週、佐藤は最終的な監査調書を完成させた。
最初の発見から3週間。調書はこう締めくくられた。
【総括】
本監査は、月次の稟議書確認において発見した不審点を起点として、
段階的な確認・調査を実施したものである。
【発見から報告・調査・是正までの経緯】
・第1日目:稟議書の確認中に添付書類の不存在・業務内容の不明確性を確認
・第2日目:取引先の登記情報確認・過去の稟議書の遡及確認を実施
・第3日目:取締役Bへのヒアリングにより関連当事者関係を確認
・第3日目夜:監査調書に事実を記録・翌日の主幹事報告を決定
・第4日目:主幹事証券への報告・取締役Bへの追加確認
・第5日目:社長への報告・弁護士同席での三者確認
【監査役としての評価】
本事案は、稟議書の形式的な確認では発見が難しい性質の問題であった。
添付書類の不存在という「欠如」に気づき、それを起点として
段階的な確認を行ったことで問題の全容を把握できた。
【再発防止の提案】
①一定額以上のコンサルティング業務委託については、
契約書・成果物の添付を稟議規程の必須要件とすること
②役員が決裁する取引については、関連当事者確認チェックリストの
添付を義務化すること
③役員の利害関係者への発注に関する定期的な開示制度を整備すること
【重要度】高
【フォローアップ】再発防止策の規程整備(来月の取締役会に提案予定)
仮設例_稟議書の中に、何かある
【稟議書監査で「気になる」が生まれた瞬間のために】
このストーリーで、佐藤が最初に感じた「引っかかり」は3つだった。
添付書類がない・業務内容が不明確・初取引の相手への高額支払い
この3つのどれか一つでも「まあいいか」と流していたら、問題は発見されなかった。
稟議書監査において、「気になる」という感覚は最初の信号だ。
「気になる」を感じたとき、その場で解決しようとしない。まずノートに書く。
ノートに書いた「気になる」は、次の一手を決める材料になる。
次の一手は必ず「確認」だ。断定ではなく、確認。
確認した事実は、調書に書く。
書いた調書が、次の確認を促す。
この繰り返しが、稟議書の一枚から始まって問題の全容に辿り着く「調査の流れ」だ。
仮設例_稟議書の中に、何かある
【最後に——社長から佐藤への言葉】
すべてが収束した後、社長が佐藤に言った。
「稟議書の確認でここまで発見してくれるとは思っていなかった。
監査役って、本当に必要なんだな」
佐藤は答えた。
「稟議書は、会社の日常の意思決定が全部記録されている文書です。
そこに会社の実態が出ます。添付書類がないということは、決裁者が何も見ずに承認しているということ。その一点が、今回の入口になりました」
「Bを信用しすぎていた」
「信用することは悪くありません。
ただ、信用に加えて確認の仕組みがあれば、もっと早く気づけた。今回を機に、稟議規程を見直しましょう」
本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。 特定の企業・個人を指すものではありません。
出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)
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