引受審査(主幹事審査)と監査役の役割
IPO審査の全体像と監査役の役割など
1.監査役に求められる役割
2.IPO審査の全体構造(2段階)
①主幹事審査(引受審査)
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- 仮設例①_主幹事審査で問われた「社長に対する独立性と牽制」
- 仮設例②_主幹事の引受審査——監査役はこう関わった
- 仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
- 仮設例④_主幹事証券との関わり(監査役の成長過程N-3期~N期)
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②取引所審査(上場審査)→次項を参照
1.監査役に求められる役割
IPO審査で監査役が果たすべき重要な役割を明確にします
- 経営からの独立性の担保
- リスクの把握と指摘
- 是正状況のフォロー
🎯 監査役に必要な重要な視点
👉 「見ているか」ではなく「機能しているか」
2.IPO審査の全体構造(2段階)
IPO審査は大きく以下の流れで進みます
(1)主幹事証券による審査(引受審査)
👉 実質的な“事前審査”の役割
(2)取引所審査(上場審査)
👉最終確認
→内容は次項を参照
(1)主幹事審査(引受審査)
- 主幹事証券会社の中には、IPOの準備を手伝ってくれる「公開引受部門(コンサル部隊)」とは別に、社内から独立した「審査部門(チェック部隊)」が存在します。
- この審査部門が、上場予定時期の約1年前〜半年前から本格的な審査を実施
Ⅰ.主幹事審査(引受審査)の全体像
Ⅱ.主幹事審査「監査役ヒアリング」の質問項目と対策
Ⅲ. 監査役想定問答集(回答スクリプト)の作成3ステップ
Ⅰ.主幹事審査(引受審査)の全体像
① 審査のキックオフ
② 膨大な書面審査とQ&A
③ 実地審査(往査)
④ トップ・役員ヒアリング
⑤ 引受審査会議(最終承認)
① 審査のキックオフ
- 社内の体制整備が整い、直前々期(N-2期)や直前期(N-1期)の決算が見えてきた段階で、証券会社の審査部門に対して正式に審査を依頼
② 膨大な書面審査とQ&A
- 社内規程
- 議事録
- 契約書
- 事業計画書など
- あらゆる書類を提出します。取引所審査と同じように、証券会社からも数百問に及ぶ質問状が届き、それに回答するラリーを繰り返します。ここで「会社の現状」と「上場企業としてのギャップ」を徹底的に洗い出します。
③ 実地審査(往査)
- 証券会社の審査担当者が、数日間にわたって本社や主要な工場・店舗に常駐します。帳簿の現物確認や、現場の従業員が本当にマニュアル通りに動いているか(内部統制が機能しているか)を自分の目でチェックします。
④ トップ・役員ヒアリング
- 社長(代表取締役)だけでなく、各部門長、そして監査役に対しても個別面談の実施
👉監査役の重要ポイント
- 監査役に対しては「経営陣に忖度せず、独立して監査できているか」「過去のトラブル時にどう動いたか」などが厳しく問われます。
⑤ 引受審査会議(最終承認)
- 証券会社の社内で最終的な審査会議が開かれます。ここで「この会社なら上場させても問題ない(うちの証券会社が責任を持って株を売り出せる)」と承認されて初めて、後半戦の「取引所審査」へと進む(推薦される)。
Ⅱ.主幹事審査「監査役ヒアリング」の質問項目と対策
- 社長に対する独立性と牽制
- リスク・アプローチに基づく「往査(実地監査)」の実効性
- 内部通報制度の「安全弁」としての機能度
- J-SOX(内部統制)とIT統制の運用実態
- 「三様監査」の連携と情報共有の密度
- 関連当事者取引および特有リスクの監視
1.社長に対する独立性と牽制
- 創業者社長への「忖度(そんたく)」がないか、ガバナンスの最後の砦として機能しているかを問われます。
【具体的な質問項目】
- 「社長と意見が対立したことはありますか?その際、どのように説得・牽制しましたか?」
- 「社長が独断専行で規程にないイレギュラーな大規模投資を決めようとした場合、具体的にどのような法的権限(差止請求権や臨時取締役会の招集権など)を使って阻止しますか?」
- 「社長と日常的にどの程度の頻度でコミュニケーションを取っていますか?また、耳の痛い話(バッドニュース)を社長は受け入れる姿勢を持っていますか?」
2.リスク・アプローチに基づく「往査(実地監査)」の実効性
- 本社で綺麗な報告書を眺めているだけではないか、現場のウミを掴んでいるかを詰められます。
【具体的な質問項目】
- 「地方拠点(支店・営業所・工場)の往査対象は、どのようなリスク基準で選定していますか?」
- 「直近の往査で発見した具体的な不備(例:分割発注の兆候や、タイムカードとPCログの乖離などの労務リスク)は何ですか?」
- 「それらの発見事項に対し、単なる注意で終わらせず、執行府に対してどのように『本質的な改善実績』を求め、フォローアップしましたか?」
3.内部通報制度の「安全弁」としての機能度
- 制度が形骸化しておらず、経営陣から独立した通報ルートが確立されているかを見られます。
【具体的な質問項目】
- 「監査役直通窓口への通報実績はありますか?また、一般社員への窓口の周知はどのように行っていますか?」
- 「もし『社長の不正』に関する通報が届いた場合、社内の情報漏洩(犯人探し)を防ぐために、どのような『情報遮断措置』を講じますか?」
- 「その際、会社法第388条(費用請求権)を用いて、経営陣から独立した外部弁護士をどうやって動かしますか?」
4.J-SOX(内部統制)とIT統制の運用実態
- システム運用を含め、形だけの内部統制になっていないかをチェックされます。
【具体的な質問項目】
- 「ワークフローシステム(承認マスター)の設定が、職務権限規程の金額基準と完全に一致していることをどう検証していますか?」
- 「特権ユーザー(システム管理者)のログ監視において、IT部門の身内だけで完結させないための牽制をどう入れていますか?」
5.「三様監査」の連携と情報共有の密度
- 縦割り監査を排除し、社内リソースを有効活用できているかが論点です。
【具体的な質問項目】
- 「内部監査室が実施した監査結果のフィードバックを、どのような頻度・方法でキャッチアップしていますか?」
- 「監査法人と連携し、今期の主要な検討事項(KAM)や決算リスクをどう共有し、先回りして対策していますか?」
6.関連当事者取引の4つの論点
①取引の「必要性(なぜその相手なのか)」
②取引条件の「妥当性(身内価格になっていないか)」
③利益相反」に対する承認手続きの適法性
④「解消・整理」へのロードマップ
- 「上場するまでに、社長の親族企業との不透明な取引はすべて解消(または納得のいく合理的な説明ができる状態に)してください」というスタンスです。取引の洗い出し、相見積もりの徴求、関連当事者取引管理規程の作成など、「上場企業としての型(フォーマット)」を完成させることに主眼を置きます。
【質問例】
- 「役員個人の会社や親族企業との取引について、価格の妥当性を証明する相見積もりなどのエビデンスは揃っていますか? その取引は上場までにどう解消・整理しますか?」
6① 取引の「必要性(なぜその相手なのか)」
1. 取引の「必要性(なぜその相手なのか)」
【審査官の目線】
- 「わざわざ社長の親族が経営する会社から原材料を仕入れたり、コンサルティングを依頼したりする必要があるのか? 他の一般的な業者(第三者)では代替できないのか?」
【突っ込まれる質問】
- 「〇〇社(関連当事者)との取引を開始した合理的な経緯を説明してください。上場後もこの取引を継続しなければならない不可欠な理由はありますか?
6② 取引条件の「妥当性(身内価格になっていないか)」
【審査官の目線】
- 「身内だからという理由で、相場より高い発注をして会社の利益を損ねたり、逆に相場より安くして利益を不当に良く見せたり(利益調整)していないか?」
【突っ込まれる質問】
- 「この取引価格はどのように決定しましたか? 第三者から相見積もり(あいみつ)を取り、同等条件であることを比較検証した記録を見せてください。」
6③「利益相反」に対する承認手続きの適法性
【審査官の目線】
- 「取締役が自分に関係する取引を、社長の独断で勝手に進めていないか? 会社法で定められた手続きを踏んでいるか?」
【突っ込まれる質問】
- 「この関連当事者取引を実行する際、利害関係のある取締役(例:社長本人)を排除した上で、取締役会で特別利害関係人として適切に決議を行いましたか? 議事録を確認させてください。」
6④「解消・整理」へのロードマップ
【審査官の目線】
- 「上場するにあたり、公私混同にあたるような不透明な取引はすべて解消されているか? 解消できないなら、今後どうやってフェードアウトさせるのか?」
【突っ込まれる質問 】
- 「未解消の取引について、上場までにどのような整理・解消手続きを行いますか? 具体的なスケジュールと進捗を教えてください。」
審査官の心情
- 主幹事証券の審査官は、意地悪で突っ込んでいるのではありません。彼らもまた「東証審査」という本番で、東証の審査官から『御社の審査は甘いのでは?』と突き上げられる恐怖と戦っています。
- だからこそ、監査役が具体的な「エピソード」と「エビデンス(議事録や調書)」をセットで堂々と語ってくれると、審査官は「よし、この監査役の回答をそのまま東証への推薦書(Ⅱの部)のガバナンス文面にコピペできるぞ!」と安心するのです。問答集を作る目的は、審査官に「推薦書を書くための材料(武器)をプレゼントすること」だと考えてください。
仮設例①_主幹事審査で問われた「社長に対する独立性と牽制」
「社長の紹介で就任したあなたが、本当に独立して監査できるのか」
※本事例は実務でよくあるパターンをもとにした仮設例です。特定の企業・個人を指すものではありません。
【登場人物と会社の概要】
【会社】社員数110名・EC支援サービス業・東証グロース上場を目指すN-3期〜N-1期
【社長】創業11年目
業界内の人脈が広く、「うちのメンバーは皆信頼している」というスタイルの経営者。前向きな性格だが、批判を受けることには慣れていない
【常勤監査役(語り手)】 元大手商社の法務部門出身
社長の元取引先の紹介で就任。就任から約2年6ヶ月(N-1期の後半)
【主幹事証券の引受審査担当者(H氏)】 ベテランの審査担当
独立性の「実質」を見抜くことを最重視している
【独立性ヒアリングの位置づけ】
主幹事の引受審査において、常勤監査役への独立性ヒアリングは通常2〜3回実施されます。
N-3期(就任後早期): 就任経緯・社長との関係・初期の認識確認
N-2期(中盤): 活動実態の確認・「難しかった場面」の深掘り
N-1期(最終段階): 3年間の総括・独立性の実質的な評価
今回の仮設例は、この3回のヒアリングを通じた「独立性と牽制」をめぐるやりとりを描いたものです。
仮設例①_主幹事審査で問われた「社長に対する独立性と牽制」
第1回:N-3期—「就任の経緯」から始まる
【就任から4ヶ月後、H氏との最初の個別面談が設けられました。】
冒頭、H氏はこう言いました。
「今日は監査役に社長抜きでお話を聞きたいと思っています。率直に教えてください」
Q:就任の経緯を教えてください
「社長の元取引先の方から紹介を受けました。その方と私は前職の商社で同僚だった縁です。社長とは就任前に面識はありませんでした」
Q:就任を決めたのはなぜですか
「法務経験を活かせること、IPOという経験を積めること、報酬条件が折り合ったことです。社長との面談で会社の方向性に共感したことも理由の一つです」
Q:就任前に何か条件を確認しましたか
「監査役の権限が実質的に保証されるかどうかを確認しました。具体的には、取締役会への出席・必要な書類への閲覧・社長との定期面談の機会——これらを確認した上で就任しました」
Q:社長との関係で、監査役として動きにくいと感じる場面はありますか
「まだ就任して4ヶ月なので、大きな場面はありません。ただ、就任早々に関連当事者取引の問題を指摘したとき、社長の表情が硬くなりました。これが続くと動きにくくなると思っています」
H氏は静かに言いました。
「正直に教えてくれてありがとうございます。『社長の表情が硬くなった』という観察ができているのは良いことです。それでも言えたかどうかが、次の確認ポイントになります」
仮設例①_主幹事審査で問われた「社長に対する独立性と牽制」
第2回:N-2期—「難しかった場面」の深掘り
【N-2期の後半、2回目の個別面談が行われました。】
H氏は開口一番こう言いました。
「前回から1年半が経ちました。この間に、社長に対して言いにくいことを言った場面を教えてください。具体的に」
【関連当事者取引の場面】
私は、N-2期の関連当事者取引への異議申し立ての経緯を話しました。
「社長の義理の妹が代表を務める会社への業務委託(年間850万円)について、第三者性の証明を求めました。社長は最初、『信頼できる会社だから問題ない』と言いました。私は『信頼の問題ではなく、IPO審査での説明可能性の問題です』と返しました」
「社長の反応はどうでしたか」
「2日間、私への連絡が途絶えました。3日目に社長から『分かった、整理する』という短いメッセージが来ました。面談の場ではなく、メッセージで来たことが印象的でした」
Q:2日間、連絡が途絶えている間、どう感じましたか
「正直に言うと、辞任を考えました。任期更新がなくなる可能性も頭をよぎりました。ただ、黙っていた場合に自分が後から説明できなくなるという危機感の方が強かった。結果的に社長が動いてくれたので、踏みとどまって良かったと思っています」
Q:社長が『分かった、整理する』と言ったのは、あなたの言葉が効いたのか、それとも主幹事が言ったからですか
「両方だと思います。ただ、私が先に言ったことで、主幹事の担当者が後から言ったときに『監査役も同じことを指摘している』という構図になりました。私が最初に言わなければ、主幹事の言葉だけでは動かなかったかもしれません」
H氏はメモを取る手を止めて言いました。
「『主幹事が言う前に監査役が言った』——これが独立性の実質の証拠です」
Q:現在、社長との関係はどうですか
「良くも悪くも変わりました。以前より緊張感があります。社長は私のことを『うるさい監査役』だと思っているかもしれません。ただ、取締役会での発言が増え、根拠を求める空気が出てきたと感じています」
仮設例①_主幹事審査で問われた「社長に対する独立性と牽制」
第3回:N-1期—「3年間の総括」と最も深い質問
【N-1期の後半、最終段階の面談が行われました。】
H氏は冒頭に言いました。
「今日で独立性のヒアリングは最後になります。3年間を振り返って、監査役として社長に対する独立性を維持できたと言えますか。率直に答えてください」
私はしばらく考えてから答えました。
「完全に独立できたとは言い切れません。言えなかったことも、踏み込めなかったこともありました。ただ、主要な判断場面で自分の意見を記録として残せたと思っています」
【論点①:「任期更新」への意識】
Q:任期更新について、社長から何か言われたことはありますか
「直接的な言葉はありません。ただ、N-2期に関連当事者取引の件で対立したとき、『次の任期のことを考えると言いにくい』という気持ちが生まれたのは事実です」
Q:その気持ちが、実際の発言や判断を変えたことはありますか
「変えそうになったことはあります。N-1期の第1四半期に、業績予測の根拠について取締役会で質問するかどうかを迷ったとき、『これを言うと関係がさらに悪化する』という気持ちがありました。結果的には質問しましたが、葛藤があったことは正直に話します」
H氏が言いました。
「葛藤があったことは評価に影響しません。葛藤があっても質問した、という事実が重要です。その質問の記録は議事録にありますか」
「はい。『監査役より業績予測の積み上げ根拠について確認があった』という記録が取締役会議事録にあります」
【論点②:「社長への報告の順序」】
Q:問題を把握したとき、最初に誰に報告しますか
「内容によります。軽微な指摘は社長に直接報告します。しかし、社長自身や社長の近親者が関係する重大な問題については、まず主幹事証券または外部弁護士に相談してから社長に報告します」
Q:なぜその順序なのですか
「社長に先に報告すると、情報が整理・修正される可能性があります。第三者を先に関与させることで、事実が固まった後で社長と話すことができます」
H氏がうなずきました。
「それは正しい判断です。監査役が社長への忠誠よりも事実の保全を優先している、ということです」
【論点③:「社長が嫌がることを言い続けられるか」】
Q:社長が明確に嫌がっている指摘を、それでも継続して行えますか
「正直に言うと、自信はありません。ただ、記録として残すことはできます。言えなかった場合でも、『懸念を持っていたが社長の反応を見て発言を控えた』という事実を監査調書に記録することが、監査役として最後の手段だと思っています」
H氏はこの答えに反応しました。
「『言えなかった場合でも記録する』——これは重要な視点です。言うだけでなく、言えなかった経緯も記録することで、後から事実を示せます」
【論点④:「社長のことが好きか」】
Q:社長のことは、個人的に好きですか
「嫌いではありません。事業への情熱は本物だと思っています。ただ、監査役として付き合う相手として見ているので、個人的な好き嫌いが判断に影響しないよう意識しています」
Q:社長のことが嫌いな方が、監査役として独立しやすいと思いますか
「そうは思いません。嫌いな場合、批判的になりすぎて建設的な指摘ができなくなる可能性があります。尊重しながら批判的に見る——適切な距離感が理想だと思っています」
H氏は少し微笑みました。
「その感覚は正しいです。好きすぎても嫌いすぎても、監査役としての機能は落ちます」
【論点⑤:「今の会社で監査役を続けるべきか」】
Q:率直に聞きます。今の会社でこれからも監査役を続けるべきだと思いますか
長い沈黙がありました。
「続けるべきだと思っています。3年間で積み上げてきた記録・関係・会社の実態への理解——これは引き継ぎができない資産です。上場後に新しい監査役が来ても、同じ水準の監査をすぐにはできない」
「ただ、一つ条件があります。今後、監査役として言うべきことを言えない状況——社長からの圧力や、記録を残せない状況——が生じた場合は、その事実を表に出して退くことを考えます。黙って続けることは選択肢にありません」
H氏は3秒ほど沈黙した後、言いました。
「分かりました。今日で3回の独立性ヒアリングが終わります。総合的な評価を申し上げます」
仮設例①_主幹事審査で問われた「社長に対する独立性と牽制」
_H氏の総合評価
【完璧な独立性を持つ監査役はいません。社長の紹介で就任した、任期更新が気になる、社長が嫌がることを言うのは怖い
——これらは全ての監査役が持つ制約です】
「私が評価するのは、その制約があっても実際に何をしたか、です。関連当事者取引で2日間連絡が途絶えても言い続けた。業績予測に葛藤しながらも質問した。言えなかった場合の記録の方法まで考えている。
これらは独立性が実質的に機能していた証拠です」
「そして最も重要なのは、この3年間を通じて社長ではなく第三者(主幹事)に先に報告する習慣が身についていることです。
これが『独立性の実質』です」
仮設例①_主幹事審査で問われた「社長に対する独立性と牽制」
_ヒアリング後—社長との短い会話
【H氏のヒアリングから数日後、社長から声をかけられました。】
「H氏から、監査役のヒアリングが終わったと連絡がありました。何を話したのか、聞いてもいいですか」
私は答えました。
「社長に報告する内容ではありません。ただ、一つだけ言えます。この3年間、社長に言いにくいことを言い続けてきたことは、正直に話しました」
社長はしばらく考えてから言いました。
「……そうか。ありがとう」
短い言葉でしたが、これまでとは少し違う温度がありました。
主幹事審査で「独立性と牽制」として問われる主な論点
【論点】
就任経緯
任期更新の意識
発言の記録
報告の順序
言えなかった場面
継続の意思
【問われる内容】
- 社長との関係・就任前の合意事項
- 更新を意識した発言の萎縮がないか
- 取締役会議事録への記録状況
- 重大問題を誰に先に報告するか
- 発言を控えた経験の有無とその理由
- 今後も監査役を続けるか・条件は何か
【評価ポイント】
- 「紹介」の事実より「その後の行動」が重要
葛藤があっても行動したかどうか
- 「言った」ではなく「記録に残った」かどうか
- 社長より第三者(主幹事・弁護士)が先か
- 「言えなかった経緯の記録」まであるか
- 「黙って続けない」という姿勢があるか
この事例から監査役が得るべき4つの教訓
①「社長の紹介で就任した」という事実は、その後の行動で上書きできる
就任経緯は変えられませんが、就任後の行動は変えられます。
「どういう経緯で就任したか」より「就任後に何をしたか」の方が、審査では重く評価されます。
②「葛藤があったことを正直に話す」が評価につながる
「一度も迷わずに発言できた」という回答より「葛藤があったが発言した」という回答の方が、審査官の信頼を得やすい。
完璧さより誠実さが評価される場面です。
③「言えなかった場合の記録」まで準備しておく
発言できた場面だけでなく、発言を控えた場面の経緯・理由を監査調書に記録しておくことが、後から監査役としての行動を説明する手段になります。
④重大問題の「報告の順序」を習慣として確立しておく
社長に先に報告するか、第三者に先に相談するかは、独立性の実質を最も端的に示す行動です。
「重大な問題は第三者に先に」という習慣を、就任初期から確立しておくことが重要です。
本事例は実務でよくあるパターンをもとにした仮設例です。特定の企業・個人を指すものではありません。
出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)
仮設例②_主幹事の引受審査—監査役はこう関わった_N-3期
【「一緒に上場を目指す」という名の、最も深いデューデリジェンス】
※本事例は実務でよくあるパターンをもとにした仮設例です。特定の企業・個人を指すものではありません。
【登場人物と会社の概要】
【会社】
社員数120名・HR Tech系SaaS業・東証グロース上場を目指すN-3期からN-1期(3年間の審査期間)
【社長】創業10年目。上場を長年の目標としてきた。
主幹事証券の選定に1年以上かけた。
【CFO】元大手監査法人出身。財務周りは任せられる存在
【常勤監査役(語り手)】 元地方銀行の審査部門出身
企業審査の経験がある。N-3期の期首に就任。就任から約3年
【主幹事証券の引受審査担当者(H氏)】 ベテランの審査担当
「伴走型」を標榜するが、見るべきところは徹底的に見る
【主幹事証券の営業担当者(M氏)】会社との窓口役
H氏とセットで動く。
【N-3期—引受審査のスタート】
最初の面談——「監査役に直接会いたい」
主幹事証券が正式に決まってから最初の全体ミーティングの場で、H氏が言いました。
「まず社長・CFO・監査役の三者と個別にお話しさせてください。
監査役との面談は、できれば社長抜きで行いたいです」
「社長抜き」
この言葉で、H氏の審査スタンスが分かりました。
監査役が社長の目を気にせずに話せる環境を作ることが、独立性の確認の第一歩です。
数日後、H氏と私の二人だけの面談が設けられました。
H氏の最初の質問はこうでした。
「就任の経緯を教えてください。社長とはどのような関係ですか」
私は正直に答えました。
「社長の前職の同僚から紹介されました。社長とは就任前に面識はありませんでした」
「就任してから、社長の判断に対して何か懸念を感じたことはありますか」
「まだ就任して3ヶ月なので、大きな問題は把握していません。ただ、関連当事者取引が数件あることを認識しており、これをどう整理するかが最初の課題だと思っています」
H氏はメモを取りながら言いました。
「正直に話してくださってありがとうございます。これから3年間、一緒に課題を整理していきましょう」
この言葉が、引受審査の始まりでした。
仮設例②_主幹事の引受審査—N-3期の重点確認事項—「現状把握と課題の洗い出し」
【N-3期の引受審査は「問題を指摘する」ではなく「問題を一緒に把握する」というスタンスでした。】
H氏が最初に確認したのは以下の7点でした。
①経営管理体制の現状
取締役会・経営会議の運営実態、議事録の作成状況、規程の整備状況——これらを「現状確認」として整理しました。
この段階では「不備がある」と指摘するのではなく「現状はこうで、上場までにここまで整備が必要」という形で共有されました。
②監査体制の現状
私(監査役)の活動状況・監査調書の整備状況・三様監査の連携状況を確認しました。
H氏から指摘されたのはこうでした。
「監査調書の作成を始めているのは良いですが、発見事項の記載が薄いです。『特に問題なし』という一言で終わっている箇所が多い。第三者が読んで『何を確認したか』が分かる記載を心がけてください」
これは私が最初に受けた、最も重要なフィードバックでした。
③関連当事者取引の整理
社長の配偶者が代表を務める会社との取引(年間480万円)と、創業時からの知人への業務委託(年間360万円)の2件が確認されました。
H氏の反応はこうでした。
「金額的には小さいですが、上場審査では必ず問われます。N-1期の申請までに、第三者性の証明ができる形に整理しておいてください」
④内部監査の実態
専任の内部監査担当者がおらず、経理部長が兼務している状態でした。
「社員数120名の規模では専任でなくても認められますが、兼務担当者でも実質的な監査が行われていることを記録で示す必要があります。内部監査調書の整備と、監査役との連携の記録を作り始めてください」
⑤労務管理の実態
残業時間・有給取得率・36協定の遵守状況を確認しました。
「エンジニア部門の残業が月60時間を超えているケースが散見されます。36協定の特別条項の範囲内ですが、傾向として注意が必要です。半期後に再確認させてください」
⑥取締役会の実効性
議事録の内容を確認したH氏はこう言いました。
「議事録が全て『全員一致で承認』で終わっています。実際に議論はされていますか」
私が「されています」と答えると、
「では議論の経過を議事録に記録してください。反対意見・条件付き承認・継続審議——これらが記録されていることが取締役会の実効性の証拠になります」
⑦財務数値の信頼性
CFOへの確認と並行して、収益認識の基準・売上計上のタイミング・引当金の計上基準が監査法人の指摘と整合しているかを確認しました。
仮設例②_主幹事の引受審査—N-2期——課題の是正状況の確認と「深掘り」
【N-2期—課題の是正状況の確認と「深掘り」】
H氏の審査スタンスの変化
N-2期に入ると、H氏の審査スタンスが変わりました。
N-3期は「現状把握と課題洗い出し」でしたが、N-2期は「指摘した課題が実際に改善されているかの確認」と「新たな深掘り」が中心になりました。
「N-3期に指摘した7点について、改善状況を確認します。
特に気になるのは3点
- 議事録の記載スタイル
- 関連当事者取引の整理
- 内部監査調書
の充実度です」
【議事録の改善確認】
N-2期の議事録を確認したH氏は言いました。
「改善されていますね。審議の経過が記録されるようになっています。
ただ、第2四半期の取締役会で3億円の資本業務提携が追加議題で出されており、事前資料が薄い。
この案件の審議の実態を確認させてください」
私が「監査役として再審議を求め、充実した資料で改めて取締役会を開催した」と説明すると、
「それは良い対応でした。その経緯を補足資料として整理しておいてください。取引所審査でも必ず問われます」
【関連当事者取引の整理状況】
配偶者会社への業務委託について、市場相場との比較資料を用意していたことを報告しました。
H氏はその資料を精査した後、こう言いました。
「市場相場との比較は用意できています。
ただ、この取引について取締役会で正式に承認された記録がありません。次の取締役会で議題として上げ、承認記録を残してください」
【N-2期中盤—「サプライズ往査」】
N-2期の第3四半期、H氏から突然の連絡が来ました。
「来週、営業部門と購買部門の現場を直接見せてもらえますか。
事前に資料は不要です」
「事前に資料は不要」——これは「準備させない」ということです。
当日、H氏は営業部門のメンバーに直接話しかけました。
「最近の受注状況はどうですか。
契約書のサインはどのくらいのスピードでもらえていますか」
「顧客から言われて困っていることはありますか」
購買部門では、
「発注書は毎回交付していますか。
口頭で先行して発注することはありますか」
これは書類審査ではなく「現場の実態確認」でした。
往査後、H氏は私に個別で聞きました。
「往査で気になった点はありましたか」
私は正直に答えました。
「購買部門で口頭発注が一部あることは把握しています。
改善を求めていますが、まだ完全には徹底できていない状況です」
H氏は言いました。
- 「把握していて対応中であることは評価します。
- N-1期の申請までに完全に是正してください。
- 途中経過を半期ごとに報告してください」
【N-2期—監査役への「最も深い質問」】
N-2期の後半、H氏との個別面談で、これまでで最も深い質問が来ました。
「監査役として、この会社の最大のリスクは何だと思いますか。
率直に教えてください」
私は考えてから答えました。
「社長に悪い情報が上がりにくい文化です。
社長が強く数字を求めるため、幹部が問題を把握していても報告しない傾向があります。
取締役会の議論が表面的になりやすいのも、この文化から来ていると思っています」
H氏は少し沈黙した後、言いました。
「その認識を持っていて、かつ言えるということは、監査役として機能しています。その問題に対してどう対処してきたか、記録として残しておいてください。
取引所審査で必ず問われます」
仮設例②_主幹事の引受審査—「仕上げの審査」と「最後の課題」_N-1期
【N-1期第1四半期—業績の確認と事業計画の合理性】
N-1期に入ると、審査の焦点が「過去の実態確認」から「将来の業績計画の合理性」に移りました。
H氏からこう言われました。
「N-1期は申請の基準年度になります。
今期の業績が計画通りに進んでいるかを四半期ごとに確認します。
計画を大幅に下回る兆候があれば、早めに教えてください」
私は毎月の月次数字を監査役として確認し、異常があれば即座にH氏に連絡する体制を取りました。
実際に第3四半期に業績の乖離を把握した際、私がH氏に先に連絡したことで、社長・CFOと三者で状況を共有する機会が作れました。
【N-1期後半——「申請できるかどうか」の判断】
N-1期の第3四半期終わりに、H氏から重要な連絡がありました。
「引受審査の最終判断を行います。
これまでの3年間で確認した課題の是正状況・現在の業績・ガバナンスの実態
これらを総合的に評価します。今月中に最終確認の面談を実施させてください」
最終面談は2日間にわたりました。
【1日目:会社全体の審査】
社長・CFO・監査役・営業本部長が順番に呼ばれ、各自の領域について確認が行われました。
【2日目:監査役への最終確認】
H氏が私に言いました。
「3年間を振り返って確認します。N-3期に指摘した課題7点、全て是正が完了していますか」
私は課題ごとに是正状況を説明しました。
- 議事録の記載スタイル——完了
- 関連当事者取引の整理——完了
- 内部監査調書の充実——完了
- 口頭発注の廃止——完了
- 三様監査の連携記録——整備済
- 労務管理の改善——完了
- 取締役会の実効性——改善を確認
H氏は手元のチェックリストに確認を入れながら言いました。
「1点確認します。
N-2期に指摘した『社長に悪い情報が上がりにくい文化』
これはどの程度改善されていますか」
最も難しい質問でした。
「文化として完全に変わったとは言えません。
ただ、重要なネガティブ情報の報告ルールを制度化し、監査役への直接報告経路を明確にしました。
実際にN-1期に業績の乖離を私が先に把握してH氏に連絡した経緯は、このルールが機能した事例だと思っています」
H氏はしばらくメモを書いた後、顔を上げました。
「3年間、正直に話してくれてありがとうございました。
引受審査として、申請に向けた準備が整ったと判断します」
【引受審査終了後—H氏の言葉】
引受審査の最終判断が出た後、H氏が珍しく個人的な言葉をかけてくれました。
「3年間で最も印象に残ったのは、N-2期の面談で『この会社の最大のリスクは社長に悪い情報が上がりにくい文化だ』と言ったときです。
あれを正直に言える監査役がいるかどうかが、引受判断の一つの基準になります」
「引受審査で一番怖いのは、問題がない会社ではなく、問題があっても見えない会社です。
問題が見えていて、言える人がいれば、対処できます」
本事例は実務でよくあるパターンをもとにした仮設例です。特定の企業・個人を指すものではありません。
出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)
主幹事引受審査の3年間で監査役が問われたこと—総括
【審査フェーズ】
N-3期(課題把握)
N-2期前半(是正確認)
N-2期後半(深掘り)
N-1期前半(業績確認)
N-1期後半(最終判断)
【 確認事項】
現状の実態確認・課題の洗い出し
N-3期指摘事項の改善状
況
現場の実態・文化的な問題
計画の合理性・四半期ごとの進捗
全課題の是正完了確認
【監査役として問われた事項】
- 独立性の実質・現状認識の正確さ
- 改善を主導したか・
- 記録が残っているか
- 最大のリスクは何かという本質的な問い
- 異常の早期把握
- H氏への速報
- 3年間の積み上げの総括
- 文化的問題の改善状況
仮設例_主幹事の引受審査—監査役はこう関わった(教訓)
【4つの教訓】
①引受審査は「監査役の独立性の実質」を3年かけて確認する
- 1回の面談で判断するのではなく、3年間の言動・記録・発言の一貫性を通じて独立性の実質が評価されます。
- 「就任時に社長の紹介だった」という事実よりも「その後の3年間に何を言い・何を記録してきたか」の方が重く評価されます。
②「最大のリスクは何か」という問いへの回答が審査の分岐点になる
- H氏が最も評価したのは「社長に悪い情報が上がりにくい文化」という正直な回答でした。
- 「問題がない」と言う監査役より「問題を把握して言える」監査役の方が、引受審査では高く評価されます。
③サプライズ往査に対応できる「日常の監査」が最大の準備
- 事前に資料を用意させない往査への対応力は、日常的な監査活動の積み上げから来ます。
- 「準備して見せる」監査ではなく「日常の実態として機能している」監査が、引受審査を通過する条件です。
④3年間の課題是正の記録が取引所審査の回答になる
- 引受審査で指摘された課題と是正状況の記録は、そのまま取引所審査の補足資料になります。
- 主幹事審査と取引所審査は別々の審査ではなく、一本のストーリーとして連続しています。
本事例は実務でよくあるパターンをもとにした仮設例です。特定の企業・個人を指すものではありません。
出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【引き裂かれた監査役】
【社長と主幹事の間で、私はどこに立つべきだったのか】
※本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。特定の企業・個人を指すものではありません。
【プロローグ—対立の構図】
会社の会議室と、主幹事証券の会議室。同じ1週間に、私は両方の部屋に座った。
社長の松田は言った。
「新規事業からは絶対に撤退しない。それは私の意地だ」
主幹事証券の担当者H氏は言った。
「新規事業を続けるなら、上場の延期もやむを得ません」
二つの部屋で、二つの「絶対」が語られた。
監査役の私は、どちらにもうなずけなかった。
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【登場人物】
【会社】社員数155名・HRTech系SaaS業・東証グロース上場を目指すN-1期の第2四半期
【社長(CEO)】松田剛(44歳)。創業9年目。
主力の採用支援SaaSで業界をリードしてきた。2年前に新規事業「リスキリングプラットフォーム」を立ち上げた。この事業への執着が並々ならない
【CFO: 原田(40歳)】数字に厳しい。内心では新規事業の継続に懸念を持っているが、社長には言えない
【主幹事証券担当】 H氏(48歳)。引受審査のベテラン。
数字に正直で、感情論に動じない
【常勤監査役(語り手)】白石靖子(52歳)。元コンサルティングファーム出身。事業評価の経験がある。就任1年11ヶ月目
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【背景—新規事業「リスキリングプラットフォーム」の現実】
【新規事業の数字】
白石が把握している新規事業「リスキリングプラットフォーム」の直近の数字はこうだ。
新規事業の直近の業績
【指標】
売上
顧客数
解約率
営業損失
【計画値】
1億2,000万円
120社
5%以下
0.8億円(計画)
【実績】
3,800万円
31社
18%
1.4億円(実績)
【達成率】
32%
26%
✕
✕
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
計画の3分の1以下の売上。計画の3倍以上の損失。
解約率は計画の4倍近い。
この事業を開始して2年目。累計損失は約2億5,000万円に達している。
主力事業(採用支援SaaS)は堅調で、単体では黒字だ。
しかし新規事業の損失が、会社全体の数字を引き下げている。
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【第一章:H氏からの「警告」—Day 1】
【主幹事証券での面談】
N-1期の第2四半期が終わった直後、主幹事証券から「重要な協議」の場を設けたいという連絡があった。
参加者は、松田・原田CFO・白石の三者と、H氏を含む主幹事側3名だった。
H氏が口を開いた。
「第2四半期の着地数字を受けて、率直にお伝えします。現在の新規事業の損失規模と達成率では、N-1期通期の業績が申請書類の業績予測を大幅に下回る可能性が高い」
原田が答えた。
「第3四半期から改善する計画です」
H氏は続けた。
「改善の蓋然性が不明です。顧客数が計画比26%という状況で、第3・4四半期に急回復する根拠を示せますか」
松田が口を開いた。
「市場はまだ立ち上がり段階です。私は2〜3年先を見ています。短期の数字で判断すべきではない」
H氏は表情を変えずに言った。
「松田さんの長期ビジョンは理解しています。しかし上場という行為は、現在の投資家に対して、開示した業績予測が合理的な根拠に基づくと説明する義務を伴います。現在の状況では、その説明が難しい」
「率直に申し上げます。新規事業を今のまま継続するならば、上場時期の延期を検討していただく必要があります」
会議室が静かになった。
白石は、二人の顔を交互に見た。
松田の顔に、怒りと意地が混在していた。
H氏の顔は、静かで、揺れていなかった。
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【第二章:松田の「意志」—Day 3】
【社長室での面談】
H氏との協議から2日後、松田から白石に個別の呼び出しがあった。
社長室に入ると、松田はソファに深く腰かけていた。いつもより少し疲れた顔をしていた。
「白石さん、今日は監査役としてではなく、同じ船に乗っている仲間として話を聞いてほしい」
「同じ船に乗っている仲間として」——この言葉が最初の引っかかりだった。
白石は監査役だ。社長と「同じ船」という表現は、独立性の観点から違和感があった。
しかしここは聞くことにした。
「どうぞ」
松田が話し始めた。
「リスキリングプラットフォームは、私が9年間やってきた採用支援の次のステージです。採用する側(企業)と採用される側(個人)の両方をつなぐエコシステムを作りたかった。それが、この会社の本来のビジョンでした」
「今は数字が悪い。それは認めます。
でも、市場はこれから来る。政府の方針も、企業のニーズも、全部が私たちの方向に向かっている」
「Hさんは数字しか見ていない。2年先、3年先のポテンシャルを見ていない」
「白石さんには分かると思って。撤退するという選択は、私にはない。それだけは分かってほしい」
白石はしばらく考えてから、答えた。
「松田さんのビジョンは理解しています。ただ、監査役として正直に申し上げると——今の数字は、投資家への説明を難しくしています」
松田の目が変わった。
「白石さんも主幹事と同じことを言うのですか」
「私はH氏と同じ立場ではありません。ただ、同じ数字を見ています」
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【第三章:白石の「悶々」—Day 5〜20】
【白石が整理できなかったこと】
白石はその後の2週間、「悶々」と表現するしかない状態だった。
監査役として、白石には「正解」が見えなかった。
「松田の言うことも、分かる」
リスキリング市場が成長することは、白石も信じていた。
政府の人材育成への投資拡大、大企業のリスキリング需要の高まり——マクロのトレンドは松田の方向を向いていた。
「今は赤字でも、2〜3年後に黒字化する」という主張は、あながち根拠がないわけではない。
しかし——。
「H氏の言うことも、分かる」
投資家は「現在の合理的な根拠」に基づいて投資判断をする。
N-1期の業績が申請書類の予測を大幅に下回った状態で上場すれば、上場後に投資家が損害を被る可能性がある。
顧客数が計画比26%、解約率が計画の4倍——この状況で「来年は改善する」という説明が、どこまで投資家を納得させられるか。
「上場時期の延期」というH氏の警告は、投資家保護の観点から正しい可能性がある。
【「どちらの代理人でもない」という監査役の立場】
- 白石が最も悩んでいたのは、「自分がどこに立つべきか」だった。
- 社長の意志を支持することは、監査役の独立性を損なう。
- 主幹事の方針を支持することは、「主幹事の代理人」になってしまう。
- 監査役は、どちらの「代理人」でもない。
しかし「どちらの代理人でもない」監査役が、この対立の中で何をすべきか——白石には、その答えが見えなかった。
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【Day 10:原田CFOとの会話】
白石は、CFOの原田に個別で話を聞いた。原田は数字を最もよく理解している人物だ。
「原田さん、CFOとして正直に教えてください。新規事業が現状のままN-1期を終えた場合、業績予測との乖離はどのくらいになりますか」
原田は少し考えてから、声を落として答えた。
「……楽観的に見て、通期売上の計画比88%、悲観的に見て78%です」
「新規事業を撤退した場合は」
「撤退損失が一時的に出ますが、その後の損失圧迫がなくなります。
通期の着地は……撤退した方が、財務数値は良く見えます」
「原田さん自身は、新規事業の継続についてどう思っていますか」
原田は長い沈黙の後、言った。
「……私は社長じゃないので、最終判断は松田さんがすべきことです。
でも——正直に言うと、今の市場の反応を見ていると、松田さんが思っているより市場の立ち上がりが遅いと感じています」
「社長にそれを伝えているのですか」
「……言えていないです」
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【Day 15:白石の「役割の整理」】
2週間の「悶々」の末、白石は自分の役割を整理した。ノートに書き出した。
【監査役として、私にできること・できないこと】
【できないこと】
→ 新規事業を撤退すべきかどうかを判断すること
(これは経営判断であり、監査役の権限外)
→ 社長にどちらかの方針を選ばせること
(監査役は意見を言えるが、決定権はない)
→ 主幹事の方針を社長に押しつけること
(主幹事の代理人ではない)
【できること・すべきこと】
→ 業績予測の合理性について、取締役会で確認を求めること
→ 新規事業の継続に伴うリスクを、取締役会で正式に記録すること
→ CFOが社長に言えていない懸念を、白石が代わりに場に出すこと
→ 社長と主幹事の対話が「感情論」にならないよう、事実を整理すること
→ この対立の経緯と、各自の発言を調書に記録すること
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【第四章:白石の「行動」—Day 20〜35】
【Day 22:取締役会での「正式な記録」】
取締役会で、白石は正式に発言した。
「監査役として、新規事業の業績について確認させてください」
松田が頷いた。
「第2四半期の実績は計画比32%の売上、1億4,000万円の営業損失です。
主幹事証券からは、現状のままN-1期を終えた場合の業績予測の達成が困難であり、上場時期の見直しを求める意向が示されています」
「あえて松田と主幹事の対立を取締役会の公式記録に残す」——これが白石の最初の行動だった。
「口頭でのやりとり」を、取締役会の場に引き上げることで、記録に残す。
「この状況について、取締役の皆さんはどのようにお考えですか」
4人の取締役が、互いの顔を見た。誰も口を開かなかった。
白石は続けた。
「撤退する・しないの判断は経営判断であり、私が決めることではありません。ただし、現在の業績トレンドと主幹事の判断が、申請書類の業績予測と整合するかどうかは、監査役として確認が必要です。
次回の取締役会までに、3つのシナリオの財務試算を取締役会に提示することを求めます」
シナリオ①:新規事業を継続した場合のN-1期通期の業績着地見込み
シナリオ②:今月末に新規事業を停止した場合のN-1期通期の業績着地見込み
シナリオ③:新規事業を段階的に縮小した場合の見込み
松田は少し表情を固めたが、反論しなかった。
「3つのシナリオの試算」という要求は、「撤退しろ」という主張ではなく、「選択肢を数字で見る」という中立的な要求だった。
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【Day 28:CFOが「数字」を示した】
2週間後の取締役会で、原田CFOが3つのシナリオの試算を提示した。
3つのシナリオの試算
【シナリオ】
①継続
②即時停止
③段階縮小
【N-1期通期売上】
18億2,000万円
17億8,000万円
18億5,000万円
【N-1期通期営業損益】
△2億1,000万円
△4,000万円
△1億2,000万円
【計画比】
売上82%
売上80%
売上84%
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
取締役会で、この数字を前に初めて「正面からの議論」が始まった。
取締役Aが言った。
「①と②の売上差は4,000万円しかない。損益は①の方が1億7,000万円も悪い」
取締役Bが言った。
「③の段階縮小が、売上・損益のバランスは一番いいように見える」
松田はこの議論を聞きながら、黙っていた。
白石は何も言わなかった。
「数字が語る」
——そのための場を作ることが、白石の役割だと思っていた。
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【Day 32:松田と白石の二人の会話】
取締役会から4日後、松田から白石に声がかかった。廊下で、立ったまま、短い会話だった。
「白石さん、あの3つのシナリオ。あなたが言い出したのですか」
「そうです」
「なぜ」
「経営判断のための情報が、取締役会に揃っていないと感じたからです。数字がなければ、感情論になる」
松田は少し考えてから言った。
「あなたは私に撤退しろと言いたいのですか」
「いいえ。どちらにするかは、松田さんが決めることです。ただ、どちらを選ぶにしても、数字を見た上で決めてほしかった」
松田は黙っていた。
「……あの数字、もう一度見てみます」
それだけ言って、松田は自分の部屋に戻った。
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【第五章:対立の「熱量」が変わった日——Day 40】
【H氏との「中間報告」の場】
Day 40に、主幹事証券との中間報告の場が設けられた。
今度は松田・原田・白石と、H氏の4名だった。
冒頭に松田が言った。
「前回の会議の後、3つのシナリオの試算を作ってもらいました。見ていただけますか」
H氏は資料を受け取り、数字を確認した。
「……段階縮小シナリオというのは、具体的にはどういうプランですか」
松田が答えた。
「新規顧客の獲得を止め、既存31社のみのサポートに集中する。
人員は3名を主力事業に異動させる。残り1名で保守運営する。
この状態を1年間維持し、解約率と顧客の反応を見た上で、存続か終了かを再判断する」
「再判断する」——この言葉が、前回と違った。
前回の松田は「絶対に撤退しない」と言っていた。
今回は「1年後に再判断する」という言い方になっていた。
H氏は少し間を置いてから言った。
「段階縮小プランの損失インパクトが想定の範囲内であれば、上場時期についての議論の余地が生まれます。ただし、縮小の実行を具体的な計画として示していただく必要があります」
会議室の空気が、最初の会議とは違った。
「対立」から「協議」に、わずかに変わっていた。
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【Day 45:白石の「感じたこと」】
Day 40の会議の後、白石はノートに書いた。3つのシナリオを出したことで、議論の質が変わった。
松田さんは「撤退か継続か」という二択の間で戦っていた。
「段階縮小」という第三の選択肢が数字で示されたことで、「意地」と「現実」の間の橋が見えた気がした。
H氏も、「延期か否か」という二択から、「どういう条件なら継続できるか」という議論に動いた。
私は何もしていない。
シナリオを「作れ」と言い、その数字を「取締役会の場に出した」だけだ。それだけで、対立の構図が少し動いた。
監査役の役割は、どちらかの代理人になることではない。
「見えていない選択肢を見えるようにすること」
「感情論を数字の議論に変えること」
これが私にできることだったのかもしれない。
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【第六章:決着—Day 55】
【「段階縮小」という決断】
Day 55の取締役会で、松田が正式に方針を発表した。
「リスキリングプラットフォームについて、新規顧客獲得を停止し、既存顧客の維持に集中する段階縮小プランを実施します。1年後の状況を見て、継続か終了かを改めて判断します」
取締役4名が、順番に賛成の意思を表明した。
白石は発言しなかった。
松田が白石を見た。
「白石さんは」
白石は答えた。
「経営判断として、取締役会で適切に審議・決定されました。プロセスとして問題ありません」
取締役会が終わった後、松田が白石に近づいた。
「……完全な撤退じゃない。それだけは分かってほしい」
「分かっています」
「ただ、今は数字を見て動く必要がある。
白石さんが言っていた意味が、ようやく分かった気がします」
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【H氏の反応】
段階縮小の決定を主幹事証券に伝えたところ、H氏から返答があった。
「段階縮小の計画と、それによる業績への影響を正式な資料として提出してください。内容を確認した上で、上場スケジュールの継続可否を判断します。現時点では、延期ではなく「条件付き継続」という方向で検討できそうです」
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【エピローグ—白石の「悶々」が残したもの】
この対立が収束した後、白石はもう一度ノートを開いた。
「悶々とした55日間に意味があったのか」——自問する気持ちがあった。
白石は、この対立の中で何もできていない気がしていた。
社長を説得したわけでもない。主幹事の要求を叶えたわけでもない。
ただ—3つのシナリオを「取締役会の場に出した」だけだ。しかし、それが対立の構図を変えた。
白石は気づいた。
監査役の仕事は、「答えを出すこと」ではない。
「議論に必要な情報を、正しい場に出すこと」——それが監査役の「場の力」だ。
社長と主幹事の対立は、情報の非対称から来ていた。
社長は「ビジョン」を見ていた。主幹事は「数字」を見ていた。
二人は同じ情報を共有していなかった。
3つのシナリオの試算を取締役会という「正式な場」に出したことで、初めて両者が「同じ数字」を前に議論できるようになった。
それは松田の「意地」を砕いたのではなく、松田が「数字を見ながら意地を張る」ことを可能にした。
仮設例③_社長と主幹事証券との狭間で苦悩する監査役
【このストーリーが伝えたいこと】
社長と主幹事証券が対立する局面は、IPO準備企業でよく起きます。
多くの場合、対立の根底には「情報の非対称」があります。
社長は事業のポテンシャルを見ている。
主幹事は現在の数字を見ている。両者は「同じ現実」を別の角度から見ているだけかもしれない。
この対立の中で、監査役がやりがちな「間違い」は2つあります。
間違い①:どちらかの代理人になること
社長を支持することは、独立性を損なう。主幹事の方針を社長に押しつけることは、「仲介者」ではなく「主幹事の代理人」になる。
間違い②:「答えを出そう」とすること
事業の撤退判断は経営判断だ。監査役の権限外のことを「解決しよう」とすると、役割を逸脱する。
【監査役にできること】
対立を「感情論」から「数字の議論」に変えること。見えていない選択肢を「数字」として場に出すこと。その議論が正式な場(取締役会)で記録されるようにすること。
白石が55日間の「悶々」の末に辿り着いたのは、「監査役は答えを出す人ではなく、正しい場で正しい議論が行われるようにする人だ」という認識でした。
「悶々とすること」自体が、監査役の仕事の一部です。
どちらにも簡単にうなずけない——その居心地の悪さが、監査役の独立性の証明かもしれません。
本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。 特定の企業・個人を指すものではありません。
出典:IPO監査役ひろば(https://www.kansayaku.net/)
主幹事引受審査と取引所審査の違い—監査役目線で
【比較軸】
期間
スタンス
監査役との関係
最も問われること
発見された問題の扱い
【主幹事審査 】
約3年間(申請前から)
伴走型・課題を一緒に解決する
定期的な個別面談・深掘り質問
「この会社の最大のリスクは何か」
是正を求め・改善状況をフォロ
【取引所審査】
約2〜3ヶ月(申請後)
審査型・基準を満たしているか判断する
1回のヒアリング・書面回答の確認
「書面に書いたことを実態として説明できるか」
是正済みであることの確認
NG回答・OK回答
【質問の意図】
社長との対立
往査での発見事項
内部通報の対応
【 ❌ 審査で落とされるNG回答
形骸化】
「社長とは信頼関係があり、これまで意見が対立したことは一度もありません」
「当社の地方拠点は規程通りに運用されており、特に大きな問題はありませんでした」
「通報はまだゼロですが、規程上は通報者の秘匿性が守られる仕組みになっています」
【⭕ 審査を突破するOK回答
(実効性)】
「〇〇の規程運用の件で社長と議論になり、最終的に私の提案でワークフローを改定させました」
「〇〇支店で分割発注の懸念を発見したため、内部監査室と連携して社長に是正勧告書を交付しました」
「通報があった場合を想定し、役員を完全隔離した上で外部弁護士を動かすシミュレーションを完了しています」
監査役想定問答集(回答スクリプト)の作成3ステップ
- 問答集を作る際は、綺麗事のセリフを作るのではなく、「執行府との足並み揃え」と「証拠の紐付け」を順番に行う必要があります。
1.直近2〜3年分の「ウミ(指摘・不備)」をすべて洗い出す
2.「結論 ➔ 生々しいエピソード ➔ 改善実績」の3部構成でスクリプト化
3.執行側(社長・CFO・内部監査室)と「回答の整合性」をすり合わせる
1.直近2〜3年分の「ウミ(指摘・不備)」をすべて洗い出す
- まずは、過去の監査法人からのショートレビュー報告書、内部監査報告書、そして自分自身の往査(実地監査)調書をすべて並べます。そこで指摘された
- 「労務管理の不備」
- 「職務権限のすり抜け」
- 「稟議の事後承認」
などのマイナス情報(ウミ)をリストアップします。審査官が突っ込んでくるのは、100%このガバナンスの脆弱性(地雷原)だからです。
2.「結論 ➔ 生々しいエピソード ➔ 改善実績」の3部構成で
スクリプト化する
- 各質問に対し、教科書的な回答は避け、以下の3部構成でスクリプト(台本)を書きます。
【結論】
「〇〇のリスクを認識し、厳格に監視しています」
【エピソード】
「実際、昨年〇〇支店の往査で分割発注の懸念を発見しました」
【改善実績】
- 「そのため内部監査室と連携して是正させ、現在はシステム上で例外承認が出ないワークフローに改定済です」すべての回答に「実在する拠点の名前やシステム名」などの具体名を仕込むのがコツです。
3.執行側(社長・CFO・内部監査室)と「回答の整合性」をすり合わせる
- 完成した問答集を社長やCFO、内部監査室長に見せ、回答に矛盾がないか確認します。例えば、監査役が「社長の独断専行を〇〇の件で厳しく注意した」と言っているのに、社長が「監査役から厳しい指摘を受けたことは一度もない」と答えると、その時点でガバナンス形骸化とみなされます。
- 「あの件をヒアリングで聞かれたら、お互いこう答えよう」という共通認識を必ず持ってください。
ヒアリング当日に手元に揃えるべき「エビデンス・リスト」
【カテゴリ】
監査役会の活動実態
現場監査の実績
執行側への牽制実績
三様監査の連携
内部通報の運用
【 準備すべき具体的な証拠書類】
- 監査役会議事録(直近2〜3年分)
- 監査方針および監査計画書
- 往査(実地監査)計画書・往査調書
- 現場への指摘事項一覧・改善報告書
- 取締役会での発言録(取締役会議事録)
- 代表取締役との定例面談記録
- (有事の際の)ガバナンス是正勧告書
- 三様監査(監査役・内部監査・会監査法人)ミーティングの議事録・メモ
- 内部通報規程・ヘルプライン運用細則
- 全社向けの窓口周知周知エビデンス(ポスターやイントラ画面の魚拓)
- 外部弁護士等への調査委託契約書
【 審査官のチェックポイント】
- 形だけの「全員一致で承認」ではなく、内部通報や往査の不備に対して「監査役間でどのような激しい議論が行われたか」の文面
- 監査役みずからが足を運び、ミクロ(伝票確認)とマクロ(ヒアリング)の視点で現場のリスクを自力で見つけているかの形跡
- 社長に対しておべっかを使わず、リスクのある投資案件や労務問題に対して公式にブレーキをかけた形跡
- 縦割りにならず、監査法人の警戒するリスク(収益認識など)を共有し、社内で先回りしてウミを消しているかの連携実績
- 窓口が経営陣から独立しており、社員が安心して駆け込める「安全弁」として実質的に機能しているかの証明
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【主幹事が育てた監査役――N-3期から申請期まで。4年間の成長記録。】
※本ストーリーは、監査役が実際に直面しやすい状況を仮設のストーリーに託したものです。特定の企業・個人を指すものではありません。
【プロローグ—4年後の自分へ】
これを書いているのは、上場承認の知らせを受けた翌朝だ。4年前のことを思い出す。
主幹事証券の担当者・中野から最初に連絡を受けた日。
「監査役として何をすればいいのか、正直、全く分かりませんでした」
あのとき自分がどれだけ何も知らなかったか。
4年間で何を学んだか。
どこで躓き、どこで変わったか。
この記録は、これからIPO準備を始める監査役のための手紙だ。
——折原 誠(常勤監査役・就任4年目)
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【登場人物】
【会社】 社員数90名→150名(N-3期→N期)・製造業向けDXソリューション業・東証スタンダード上場を目指す
【社長】 西野(48歳→52歳)。創業16年目。技術者出身。良い意味で「現場が好き」なタイプ
【CFO】 大塚(43歳→47歳)。元メガバンク出身。数字は強いが、内部統制の整備経験が薄い
【主幹事証券・引受担当】 中野(45歳→49歳)。公開引受部のベテラン。厳しいが誠実な人物
【主幹事証券・営業担当】林(38歳→42歳)。中野と折原の間をつなぐ役割
【監査法人パートナー】 島田(52歳→56歳)。N-3期の第2四半期から関与
【常勤監査役(語り手)】 折原誠(51歳→55歳)。元地方銀行の融資審査部門出身。IPO経験なし。N-3期の期首に就任
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-3期—「何も分からない」から始まった年】
4月:就任初日
折原が監査役に就任した日、最初にやったことは「監査役とは何か」を調べることだった。
会社法の本を買ってきて、385条から読み始めた。
「監査役は、取締役の職務の執行を監査する」
(それはそうだが、具体的に何をすればいいのか)
誰も教えてくれなかった。
社長の西野は「よろしくお願いします」と言った。CFOの大塚は「何かあれば声をかけてください」と言った。
「何か」が何なのか、折原には分からなかった。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【5月:主幹事証券との最初の面談】
就任から6週間後、主幹事証券の担当者・中野から連絡があった。
「監査役の方と個別にお話しさせてください。社長抜きで」
最初の面談。中野が開口一番に言った言葉を、折原は今でも覚えている。
「折原さん、率直に聞きます。IPO準備企業の常勤監査役として、今何をしていますか」
折原は正直に答えた。
「……まだ、何をすべきかを把握しようとしている段階です」
中野は少し間を置いてから言った。
「正直に答えてくださってありがとうございます。では、今日はN-3期に監査役として何をすべきかをお伝えします。それを踏まえて、半年後にもう一度お話ししましょう」
この日が、折原の「監査役としての教育」の始まりだった。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【中野の「N-3期の3つの宿題」】
中野が折原に示した「N-3期にやること」はシンプルだった。
宿題①:会社の実態を自分の目で把握する
「まず、会社の全ての部門を往査してください。書類を確認するのではなく、現場を見ること。社員と話すこと。会社の実態を、自分の目で把握することが最初の仕事です」
宿題②:監査調書を書く習慣を作る
「何を確認したか、何が気になったか、何を誰に伝えたか。全部記録に残してください。調書がなければ、監査役として何もしていないのと同じです」
宿題③:社長に苦言を言える関係を作る
「これが一番難しい宿題です。社長に『それは問題です』と言える関係を、N-3期中に作ってください。言えない監査役は、審査で評価されません」
折原はメモを取りながら聞いた。
「社長に苦言を言える関係を作る」—
—これがどれだけ難しいか、このときはまだ分かっていなかった。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-3期 前半:最初の往査】
折原は中野の言葉に従い、全部門の往査を開始した。
最初は「何を見ればいいか」が全く分からなかった。
営業部門を往査した日、折原は担当者に「日頃の業務で困っていることはありますか」と聞いた。
担当者が少し驚いた顔をした。
「監査役がそんなことを聞くんですか」
「はい。業務の実態を知りたいので」
担当者は少し考えてから話し始めた。
「月末に数字を合わせるのが大変で……」
「上司が承認する前に発注が始まることがある……」
「稟議書を後から書くことがある……」
折原はノートに書き続けた。
その夜、監査調書に書き起こした。
書きながら気づいた。
「往査」とは「書類を確認する」のではなく「現場で何が起きているかを聞く」ことだ、と。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-3期 後半:最初の「苦言」】
9月、取締役会で新規事業への1億円の投資案件が上程された。
資料は薄かった。市場規模の説明はあったが、財務シミュレーションがなかった。
折原は手を挙げた。
「財務的な試算を確認させてください。この投資が失敗した場合のキャッシュフローへの影響はどのように見ていますか」
西野が少し驚いた顔をした。
取締役会の空気が変わった。
折原は全員の視線を感じながら、言い続けた。
「財務シミュレーションが資料にないまま1億円の投資を承認することは、取締役会の審議として不十分だと思います。
次回の取締役会で財務試算を提出していただけますか」
西野は10秒間、黙った。
そして言った。
「……分かりました。来月に改めて提出します」
取締役会後、西野が折原に声をかけた。
「折原さん、あんな発言、初めてでしたね」
折原は答えた。
「はい。でも言わなければならないと思いました」
西野は少し間を置いてから言った。
「……そうですね」
これが折原の「最初の苦言」だった。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-3期末:中野との中間評価面談】
年末に、中野との半年ぶりの面談があった。
中野が聞いた。
「N-3期前半で、3つの宿題はどこまでできましたか」
折原は正直に答えた。
「全部門の往査は完了しました。調書も書き始めました。社長への苦言は……1回だけできました」
「1回できたなら十分です。大事なのは1回目です。2回目は少し楽になる」
中野が続けた。
「往査で気づいたことはありますか」
「いくつかあります。稟議書の後付けが慣行になっていること。月末に数字を合わせるプレッシャーが営業部門にあること。契約書の管理が属人的なこと」
中野はメモを取りながら言った。
「全部、N-2期で整理が必要な論点です。よく気づきました。N-3期の折原さんに一つ伝えます」
「何ですか」
「監査役の仕事は、問題を見つけることではなく、問題が起きにくい仕組みを作ることです。見つけることは手段。
目的は仕組みの改善です。来期はそこを意識してください」
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-2期—「仕組みを作る」苦闘の年】
【N-2期の課題リスト】
N-2期の開始にあたり、中野から「N-2期に解決すべき課題リスト」が示された。
【N-2期 解決すべき主要課題(中野より)】
①稟議規程の整備と事前稟議の徹底
→後付け稟議の根絶
②売上計上基準の明確化と検収プロセスの整備
→月末数字合わせの問題の根本解決
③契約書管理の標準化
→台帳の整備・保管場所の統一
④取締役会の実効性向上
→「全員一致・即時承認」からの脱却
⑤内部監査の整備
→担当者の明確化・年間計画の策定
5つの課題を1年間で解決する。
折原は、N-2期を「課題解決の年」と位置づけた。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-2期前半:稟議規程の整備—「CFOとの攻防」】
最初の課題は稟議規程の整備だった。
折原はCFOの大塚に改善を求めた。
「稟議規程を改定して、事前稟議を義務化する必要があります。後付け稟議は上場審査で必ず指摘されます」
大塚が答えた。
「理解しています。ただ、現場の動きが速いので、事前に全部稟議を通すのは難しくて」
「難しいのは分かります。ただ、一定金額以上の発注については例外なく事前稟議を必須とする仕組みが必要です。まず規程を作ることから始めましょう」
大塚は渋ったが、折原は引かなかった。
2ヶ月後、稟議規程の改定案が大塚から提示された。
折原はその内容を確認し、「緊急発注の例外規定が広すぎる」として修正を求めた。
大塚と折原の間で3回の修正を経て、新しい稟議規程が制定された。しかし制定しただけでは終わらなかった。
制定から2週間後、折原が往査で確認すると、営業部門では新しい稟議規程を知らない社員がいた。
折原は大塚に申し入れた。
「規程を作っても社員が知らなければ意味がありません。全社への周知と、規程の遵守状況を月次で確認する仕組みが必要です」
「規程を作る」だけでなく「規程が機能する仕組みを作る」——これがN-2期の最大の学びだった。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-2期後半:取締役会の変化—「質問する取締役会」】
N-2期の後半、折原は取締役会の実効性向上に取り組んだ。
具体的にやったことは一つ。
「毎回の取締役会で、最低1つの質問をする」という習慣を続けた。
最初は場の空気が固まることが多かった。しかし5ヶ月が経つと、変化が起きた。
取締役Aが、折原の質問に触発されるように「私もこの点が気になりました」と発言するようになった。
取締役会の議事録に、「○○に関して追加の確認事項が提示された」という記載が増えた。
中野がある面談でこう言った。
「取締役会の議事録が変わってきました。全員一致・即時承認の議題が減り、質問や修正の記録が増えています。折原さんの質問が、他の取締役を動かしていますね」
「私は質問しているだけです」
「それで十分です。監査役が質問する場、というだけで取締役会の準備が変わります。みんな『質問されるかもしれない』と思って資料を読んでくる」
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-2期末:中野の評価と「N-1期の予告」】
年度末の面談で、中野が言った。
「N-2期は全体的に良かったです。特に稟議規程は『制定する』だけでなく『機能させる』まで追いかけたことが評価できます。取締役会の変化も明確です」
「ただし、一つ課題が残っています」
「何ですか」
「内部監査との連携が弱い。川崎さんを内部監査担当に指名しましたが、折原さんとの連携記録がほとんどありません。
三様監査の連携は、連携していることが記録として残らなければ、審査で評価されません」
「連携していることが記録として残る」
——これがN-1期の最大の課題になった。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-1期—「実態を証拠で示す」決定的な年】
N-1期の位置づけ
N-1期が始まる前に、中野から重要な話があった。
「折原さん、N-1期は今までと全く意味が違います」
「どういう意味ですか」
「N-3期・N-2期は『仕組みを作る期間』でした。
N-1期は『その仕組みが機能していることを証拠で示す期間』です。取引所の審査官は、申請書類の記載内容と、実態が一致しているかを見ます。N-1期の記録が、そのまま審査の証拠になります」
「N-1期の記録が審査の証拠になる」
——この言葉が、折原のN-1期の行動を変えた。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-1期末:中野の「最後の指摘」】
N-1期末の面談で、中野はこう言った。
「申請に向けて、全体的に準備は整っています。ただ最後に一つ、正直に言わせてください」
「お願いします」
「折原さんは、社長に『言う』ことは3年間でできるようになりました。しかし、社長が動いた後のフォローアップが少し弱い。指摘した問題が本当に改善されているかを、継続的に確認し続けることが、N期(申請期)の課題です」
「フォローアップの継続」——これが最後の宿題だった。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-1期前半:「記録の質」を上げる】
折原はN-1期の最初の往査から、記録の書き方を変えた。
【N-2期までの調書の書き方】
○月○日 購買部門往査実施
- 支払明細を確認した
- 稟議書を確認した
- 特記事項なし
【N-1期からの調書の書き方】
○月○日 購買部門往査実施(14:00〜16:30)
往査協力者:購買担当 田中氏
【実施した手続き】
①当月支払明細(全件)の閲覧
②稟議書の発行日と発注日の突合(20件サンプリング)
③購買担当者へのヒアリング
【確認した事実】
①支払明細:特記事項なし
②稟議書の突合:20件中19件で発注前に稟議書が発行されていた
1件について発注日と稟議書発行日が同日であり、事前か事後かが不明
→田中氏に確認したところ、当日の午前に稟議し午後に発注したとのこと
(同日発注のため記録としては残っていない)
③田中氏ヒアリング:上記1件以外に事後稟議の事例はないと回答
【追加確認事項】
・同日発注の案件の確認プロセスを記録に残す仕組みの検討を提案する
【発見事項の重要度】低(件数・金額ともに軽微)
「確認した事実」と「追加確認事項」を分けた。手続きを具体的に書いた。ヒアリングの内容を記録した。
中野がある面談で調書のサンプルを確認した後、こう言った。
「N-2期の調書と全然違いますね。
これを見れば、折原さんが何を確認したかが明確に分かります。
N-1期の調書は、この水準で統一してください」
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-1期中盤:三様監査の「見える化」】
N-2期末の課題だった「三様監査の連携記録」に、N-1期は本格的に取り組んだ。
【四半期連携会合の制度化】
これまで「必要なときに連絡を取る」という形だった三者の連携を、「四半期に一度、会合を開く」という形に制度化した。
初回の連携会合で、監査法人の島田パートナーが言った。
「正式な会合の場を設けてくれてよかった。以前は折原さんと個別に話すことはあったが、内部監査の川崎さんとの情報共有がなかった」
川崎も言った。
「私は監査法人さんとほぼ話したことがなかった。こういう場があれば、私が気になったことを直接聞ける」
三者が初めて同じ部屋で話した日、折原はこう感じた。
(三様監査は、制度として存在するだけでは機能しない。同じ部屋で話す場が必要だ)
【連携の記録】
連携会合後、折原は以下の記録を監査調書に残すことにした。
------------------------------------------------------
【三様監査連携会合 記録】
【日時】○年○月○日
【参加者】
折原誠(監査役)、島田(監査法人)、川崎(内部監査)
【主な共有事項】
- 監査役から:(発見事項の概要)
- 監査法人から:(四半期レビューでの確認事項)
- 内部監査から:(往査の結果)
【重なった論点:(あれば記載)】
次回までの確認事項:(担当者と期限を明記)
---------------------------------------------------------------------
「重なった論点」という欄を作ったことが、連携会合の質を変えた。
「重なった論点」が空欄の回は、「情報を共有しただけで、三様監査として機能していなかった」ということになる。この欄を埋めようとすることで、3人が「互いの情報をぶつけ合う」姿勢になった。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N-1期後半:「申請前の最終点検」】
N-1期の第4四半期に入ったころ、中野から連絡があった。
「申請の準備を本格的に始めます。折原さんには、一点お願いがあります」
「何でしょうか」
「N-1期の全ての監査調書を通読して、『審査でここを聞かれたらどう答えるか』を自分で確認してください。
申請書類に記載された内容と、折原さんの調書が一致しているかを確認することが目的です」
折原はN-3期から始まった調書を、すべて読み直した。
- N-3期の最初の調書は、今から見ると「何が確認されたかが分からない」記録だった。
- N-1期の調書は、「誰が読んでも何を確認したかが分かる」記録になっていた。
3年間の変化が、調書の変化として見えた。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【N期(申請期)—「問われる」年】
【申請直前の3ヶ月】
N期に入り、申請に向けた準備が最終段階に入った。
中野からの指示は、これまでと全く違うものだった。
「N期の折原さんの仕事は、自分が何をやってきたかを『説明できる状態にする』ことです。やってきたことは十分にあります。それを整理して、質問に答えられるようにしてください」
「説明できる状態にする」——これはN-3期から3年間やってきたことの「総括」だった。
折原は、3年分の監査調書を5つのカテゴリに整理した。
①往査の記録(部門別・年度別)
②発見事項と是正状況の記録
③取締役会での発言記録
④三様監査連携の記録
⑤社長への報告記録
カテゴリ別に整理すると、「3年間に何をしてきたか」が一目で見えた。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【取引所審査—監査役へのヒアリング】
申請から4週間後、取引所の審査担当者から監査役への個別ヒアリングの通知が来た。
当日、審査担当者2名が会社を訪れた。
社長でも、CFOでもなく、折原が最初に呼ばれた。
審査担当者の最初の質問はこうだった。
「就任からN期までの間、監査役として特に印象に残っている指摘・発言は何ですか」
折原は考えた。
3年間で「印象に残っている」場面はいくつもあった。
- 最初の取締役会での投資案件への質問。
- 稟議規程を「制定する」だけでなく「機能させる」まで追いかけたこと。
- 三様監査の連携会合を制度化した日。
折原は答えた。
「N-3期の秋の取締役会で、財務シミュレーションなしに1億円の投資を承認しようとした場面で、審議の保留を求めた場面が最も印象に残っています。あのとき初めて、監査役として発言することの意味を実感しました」
審査担当者が次の質問を続けた。
「その後、同様の場面で同じ発言ができましたか」
「はい。N-2期、N-1期を通じて、財務的な根拠の確認を求める発言を継続してきました。取締役会の議事録にその記録があります」
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【審査担当者の「最後の質問」】
ヒアリングの最後に、審査担当者が聞いた。
「折原さんが監査役として最も成長したと感じる点は何ですか」
これは予想していない質問だった。
折原はしばらく考えてから答えた。
「最初は『問題を見つけること』が監査役の仕事だと思っていました。今は違います。問題を見つけることは手段であって、目的は『問題が起きにくい仕組みを作ること』だと理解しています。その考え方の変化が、最も大きな成長だと感じています」
審査担当者が少し頷いた。
「ありがとうございました」
それだけだった。
しかしそれで十分だった。
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【上場承認の日】
申請から2ヶ月と3週間後、取引所から上場承認の通知が届いた。
その夜、中野から電話があった。
「おめでとうございます。4年間、お疲れ様でした」
「中野さんのおかげです。N-3期の最初の面談がなければ、どこから手をつければいいか分からなかったと思います」
中野が言った。
「折原さんが成長したんです。私はきっかけを作っただけです」
「一つ聞いていいですか。私のどこが変わりましたか」
中野は少し間を置いてから言った。
「最初の折原さんは、監査役の仕事を『チェックすること』だと思っていました。4年後の折原さんは、監査役の仕事を『会社をより良くすること』だと理解しています。
この認識の変化が、全ての変化の根本です」
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【エピローグ—4年間で変わったこと】
折原はノートを開き、4年間の変化を書いた。
【N-3期:「何も分からない」から始まった年】
【やったこと】
- 全部門の往査開始
- 調書作成の習慣化
【最初の苦言(投資案件への財務試算要求)】
【学んだこと】
往査とは「現場で聞くこと」だ
【中野から】
「問題を見つけることは手段。目的は仕組みの改善」
【N-2期:「仕組みを作る」苦闘の年】
【やったこと】
- 稟議規程の制定と機能化
- 取締役会の実効性向上
- 内部監査担当者の指名
【学んだこと】
「規程を作る」と「規程が機能する」は別物
【中野から】
「三様監査の連携記録が弱い」
【N-1期:「実態を証拠で示す」決定的な年】
【やったこと】
- 調書の質の向上
- 三様監査連携会合の制度化
- 申請前の全調書の通読
【学んだこと】
「N-1期の記録がそのまま審査の証拠になる」
【中野から】
「フォローアップの継続が最後の課題」
【N期:「問われる」年】
【やったこと】
- 3年分の調書の整理
- カテゴリ化
- ヒアリングへの対応
【学んだこと】
「やってきたことを説明できる状態にすること」
【審査担当者への答え】
「問題が起きにくい仕組みを作ること」が目的
【4年間を通じた最大の変化】
【N-3期】
監査役の仕事=チェックすること
【N期 】
監査役の仕事=会社をより良くすること
中野が4年間で折原に伝えたこと——年度別サマリー
【年度】
N-3期
N-2期
N-1期
N期
【中野の「宿題」】
①全部門往査②調書の習慣化③苦言を言える関係
①稟議規程②売上計上基準③取締役会の実効性④内部監査整備
①調書の質向上②三様監査の制度化③申請前の総点検
「説明できる状態にすること」
【 折原の「学び 】
往査=現場で聞くこと
「作る」と「機能させる」は別物
N-1期の記録が審査の証拠になる
やってきたことの整理と言語化
【中野の「評価と次の課題」】
「仕組みの改善」という目的を意識せよ
三様監査の連携記録が弱
い
フォローアップの継続
上場承認
仮設例④_主幹事証券との関わり(N-3期からN期まで)
【このストーリーが伝えたいこと】
- 主幹事証券の引受担当者は、「上場審査を通過させる」だけでなく「上場できる会社に育てる」という役割を担っています。
- そのために監査役に向き合うとき、優れた担当者は「今何ができているか」を正直に評価し、「次に何をすべきか」を具体的に示します。
このストーリーの折原が4年間で変わったのは、中野の指導があったからだけではありません。中野の指導を「素直に受け取り、実行し、振り返る」という折原の姿勢があったからです。
主幹事証券の担当者を「審査を通過させる役割」として外側に置くのではなく、「一緒に会社を育てる相手」として内側に引き込めた監査役は強い。
中野が最後に言った
「認識の変化が全ての変化の根本」という言葉は、このシリーズを通じた最大のメッセージです。
監査役の仕事は「チェックすること」ではなく「会社をより良くすること」だ。
この認識の転換が、N-3期からN期までの4年間で起きた。
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